Dinner

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 さなぎは、本当にすぐに来た。 「お土産、これしか買えなかった」  時間帯が深夜だという事を忘れさせるような口調だった。まるでいつも通り、午後六時の待ち合わせのように、彼はコンビニ袋から、ミニボトルの赤と白のワインを覗かせる。 「コンビニも捨てたもんじゃないんだよ」  すごい種類なんだ。さなぎはそう言って、靴を脱いでスリッパに足を通すと、 「ケチャップライスだ」  と、鼻を利かせる。 「バターライスと迷ったんだけど」 「今度作って、バターライスのオムライスは食べた事ないな」  さなぎはそう言って笑う。俺は小さなワインを二本受け取ると、台所へと向かった。さなぎも俺の後について台所に入ると、冷蔵庫を開いた。 「卵二つ取って」 「はーい」  冷たくなった小さめの卵を受け取り、ボウルに割り落とすと、菜箸で解した。かしゃんかしゃん、とボウルと菜箸の当たる音が響く。 「固め? とろとろ?」 「かため」  火力を強めて熱したフライパンに、溶き卵を流し込むと、じゅわっと油が跳ねる音がして、大きな気泡が卵の表面に浮かんでは破裂する。薄く卵を引き延ばし。焼き上がる寸前で、ケチャップライスを落として包み込む。こんがりとした濃いきつね色に、さなぎが隣で、「おお」と子供みたいな声を出す。 「今お腹鳴った」 「本当にお腹空いてるんだ」 「朝から何も食べてなかった」  白い陶磁の皿に滑らせると、ケチャップに少しだけウスターソースを混ぜたソース流してかける。さなぎはそれを喜んで受け取った。ずっと欲しかった玩具を受け取った子どものような目をして。  俺たちはダイニングテーブルに向かい合って座ると、俺はさなぎが買って来た小さなワインの白を開けた。雫型のグラスに浅く注いで、一口喉に通すと、するりと微かな熱が胃に滑り落ちる。軽く、眠る前には丁度良い熱さだった。  いただきます、と手を合わせたさなぎは、スプーンで大きく掬い上げて頬張る。  午前二時二十二分。  壁に掛けてある時計が、静かに秒針で時を刻む。 「やっぱ、しのぶの飯が一番美味しい。この前のレストランで食べるよりもずっと」  大げさな誉め言葉に、思わず笑って目を逸らすと、ほんとだよ、と真剣な眼差しでさなぎが身を乗り出した。 「卵の熱さも焼き具合も完璧。中のライスも濃くて、全部が俺好みだ」 「嬉しい。また作るよ」  さなぎが食べ終わるのを待ってから、俺たちは新しく赤ワインのミニボトルを開けた。微かな柔らかい渋みで飲みやすい、まろみのあるワインだった。 「ハウスワインって言葉が合うね」 「そうだね。常備には良いかもしれない」  二人でコンビニを褒めながら、二杯目を注ぐと、ふいに会話が途切れた。部屋の隅々に、しっとりと雨に濡れた青い夜が満ちている。俺はグラスの縁を指先でなぞりながら、音楽をかけようか、それとも何を話そうかと考える。机を辿ってしのぶの指先から、腕や肩や、尖った顎の先を視線でなぞる。しのぶは窓の外を眺めているようだった。  柔らかな放物線を描きながら、ブラインドの薄く開いている窓の外に投げ出される視線。隙間から見える外は闇色の一色だった。時折車が通ると、藍色の発行体が、窓に張り付いた水滴を照らした。 「雨止んでた?」 「うん、ここについた時には。月も見えてたよ」  さなぎはそう呟き、視線を俺に戻す。  俺はさなぎに見つめれながら、窓の外に並ぶ立木の事を考えていた。夏になると、旺盛に緑を茂らせる、名前も知らない木の事を。きっと今は雨でしっとりと濡れ、風にあおられながら、少しうなだれているように見えるだろう。  さなぎの瞳の中には、そんな少しだけしょぼくれたような、弱さが宿っていた。 「何かあった?」  思い切ってそう聞くと、さなぎは少し考えるように視線を斜め下に落とした。テーブルに肘をついて、手に顎を乗せて考える。考える、というより、何かを言おうかどうしようか、迷っているような仕草だろうか。  綺麗に食べ終えたオムライスの乗った皿には、米粒一つ、ソース一滴も残っていない。 「何もない。なにも」  さなぎはそう言ってから、緩く頭を振って「そうじゃないんだけど」と呟く。  俺も言葉を探した。この場に正しく沿うような言葉を。けれど、いくら考えても、とても幼稚で、幼い頃の夢の中のような言葉ばかりが、頭を締めていて、唇が動かない。 「参ったな」  さなぎが何かを誤魔化すように笑って、俺も少し笑った。 本当におかしかった。同じ良い年をした大人の男が、膝をつき合わせながら、多分きっと――同じ言葉を、伝えようと努力している。それが堪らなく滑稽で、笑わずにはいられない、シュールさがあった。  初恋をした中学生が、適切かつ、魅力的になるように、言葉をあぐねている姿を、三十に近い大人がやっているのだ。そう思えば思うほど、笑いが込み上げて来て、喉の奥で声を殺して笑っていると、しのぶ、とこつこつと指先でさなぎがテーブルを叩いた。 「笑うなよ、真剣な話だよ?」 「さなぎが笑い出したんだろう?」 「今は真剣! ほら見て、俺の目」  そう言ってじっと二人で顔を寄せ合い、見つめ合うと、睨めっこになってしまい、やっぱり笑ってしまった。 「さなぎ、ふざけるなよ」 「ふざけてないよ、本気だってば」  俺たちはダイニングテーブルから居間のソファーに移動した。並んで座れば、近づいた分だけ鼓動が短く早くなり、身体の表面に熱が滲む。どちらからともなく、背凭れではなく、お互いの身体に凭れ掛かると、暗いテレビ画面に浮かぶ、寄り添う影を見つめた。ゆっくりと手を取り合い、さなぎの膝の上でつなぐと、もう笑ってはいられなくて。 「しのぶが離れて行くんじゃないかって、少し怖かったんだ」  ふいに呟いたさなぎの一言に、胸の奥から温かな泉が湧き上がり、それがゆったりと身体中に染みわたって行くのを感じた。俺は指先を曲げて、さなぎの手を握り返す。 「ちゃんとした理由がなきゃ、しのぶに連絡できない気がして……。だから、元気? ってメッセージに気付いた時、時間も考えずに連絡してた」  そう告白するさなぎは、ゆったりと呼吸をして、大きく息を吸うと、身体の中を整えるように息を吐いた。 「好きだよ、しのぶ」  俺はその言葉を聞くと、身体の芯でいつの間にか強張っていた力を抜くように、ふと息を吐き出した。鼓膜に優しく響いた声に顔を上げると、さなぎと視線が重なる。  いつの間に、この人を好きだと思ったのだろう。  好きになる瞬間は俺の気づかないところで、沢山あったかもしれない。でもそれは、今まで男女の間で起こるようなものだったはずだ。俺にはその経験は女相手にしかない。なのに、どうして同性のさなぎに、こんな気持ちを抱いたのだろう。まるで分らない。不思議で、とても理解ができない。でも――抱いた気持ちは、もう否定できないほど育ってしまった。 「うん、俺も。俺も、さなぎが好き」  俺の唇は、半ば勝手にそう呟いていた。心からそう答えたくて、伝えたかった言葉が、胸の奥から、ほろりと崩れるように、喉を通って声になり、さなぎに伝えていた。  そうすることが自然で、そうしないことが不自然と感じられるほど、滑らかな言葉だった。  俺たちは顔を寄せ合うと、額同士を擦り合わせて、目を閉じる。ゆっくりと瞼を押し上げると、至近距離で視線が絡み、唇がゆっくりと重なり合う。どうやったら隙間なく重なるか、心得ているような仕草と角度で重ねると、薄く唇を開いて舌同士が出会い、触れ合い、絡み合う。キスをしながらゆっくりとソファに身体を横たえられると、さなぎの掌が、先日よりももっと熱く、俺の身体に触れた。  次第に息が上がっていき、お互いしか瞳のなかに映らなくなっていくのが分かる。瞳も、思考も、全部が二人きりの世界だった。俺たちは立ち上がると、寝室に移動した。今日はソファの上だけで全てを上手く事を運べる気がしなかった。  何より、のびのびと彼を愛したいと思った。  ベッドへと柔らかい力で押し倒されると、男二人分の体重を抱えたベッドが軋む。俺たちはどちらからともなく服を脱がせ合う。ボタンがこんなにもどかしいものだとは思わなかった。  空気に肌が触れると、不思議な心地にさなぎをまっすぐと見つめられなくなる。けれど彼の手は真っ直ぐと俺に伸びて来て、脇腹や腹の上や、胸に触れてくる。滑るように。初めはくすぐったいだけのそれが、少しずつ熱を持ち始めていくのが分かった。触れられている意味を理解すると、ただのくすぐったさが、それ以外のものになっていた。 「さなぎ、くすぐったい」 「それだけ?」  そう言って覗き込まれると、そのまま深く口づけられる。舌同士がやんわりと絡み合い、唾液が混ざると、境界線が曖昧になって、俺とさなぎの境目が消えていく。 「これ借りたよ」  そう言って、寝室に移動する際、いつの間に台所に寄ったのだろう。さなぎはオリーブオイルの小瓶を持っていた。目の前で軽く揺すられ、中の液体がまろやかに揺れる。 「痛かったり、嫌だったらすぐに教えて」  彼はそう言いながら、寝巻に来ていた薄いずぼんを下着ごと一緒に引きずり下ろした。驚いて思わず萎縮すると、彼は遠慮もなく俺の脚を割って間に入ってくる。 「しのぶ、ごめんね」 「いや、あの……」 「結構余裕ないんだ」  そう笑っているのに、瞬いた眼差しは部屋の中の少ない光量を吸い込んで、鈍くぎらぎらと光っていた。夜に狩りをする動物みたいに。  さなぎはオイルを指先に絡ませるように垂らすと、それを掌に馴染ませ、俺の性器を握り込んだ。思わず腰が震えると、その手は俺の期待通り、柔らかい力で包み込みながら、上下に扱いてくる。 「あ、変な感じ……」  オイルでぬるついた感触。じんわりと身体が熱くなってくると、少しずつ反応を見せてくる。優しく与えられる快楽を享受していると、俺も彼に触れたくて堪らなくなる。手を伸ばし、布越しにさなぎの前に触れると、そこは既に硬く張り詰めて、布を押し上げていた。  ジッパーを下ろして、その中に手を入れると、俺の上で微かにさなぎが呻いた。固く芯を持ち始めたそれは出口を見つけると、素直に顔を出し、手のなかでゆっくりと扱けば、びくびくと脈を打つ。 「さなぎも脱いで。ぜんぶ」  そう頼むと、さなぎは躊躇うことなく衣服も下着も簡単に脱ぎ去り、ベッドの下へと落とした。 「ほら、しのぶも」  そう言って手を伸ばしてきたさなぎに、全てのそれらを奪われる。裸になってベッドに倒れ込むと、俺たちはキスをした。濡れたさなぎの効き手が、胸や腰を撫でて、身体の下へ下へと降りていく。性器に触れ、その奥の双球を指先で弄ばれると、腰が疼いた。甘い電気のようなものが身体に流れ、身体の奥に吸い込まれていく。 「しのぶ、好きだよ」  さなぎはそう呟きながら、濡れた指先を尻の肉を割った奥へと沈めてくる。圧迫と異物感が、ぐっと内臓を押し上げる感覚がした。  思わず下半身に力がこもると、それにも構わず、さなぎの指先はゆっくりと解すように、出たり入ったりを繰り返す。 「ん、……う」  これが気持ちよくなったり、苦しくなくなったりするのだろうか。そんな気配を感じられないまま、さなぎに身体を預けていると、それは何の前触れもなくふいに訪れた。 「あ……っ」  意に反して身体がびくりと震えて、何も理解できないまま、さなぎを見あげる。彼も俺の反応に一瞬呆けた様な顔をしてから、すぐに深く笑みを宿した。  何か悪巧みをしているような、そんな雰囲気だ。 「ここだ、発見」  さなぎはそう言いながら、俺の胸に顔を埋めると、小さく薄い乳首に吸い付いた。吸ったり、舌先で擽られ、意識しない場所に感覚が、少しずつ植え付けられる感覚。 「あっ、……え」  また身体がびくりと跳ねて、なんだろうと、俺が顔を上げる――けれど、偶然かと思ったそれが今度は断続的に、小刻みに身体の中でがくがくと刺激され、 「あっ、や……っ、なに?」  それが快楽だと理解する。今までにない感覚は鋭く、全神経が俺を翻弄するさなぎの指に注がれた。さなぎの指の動きに合わせて、腰が浮いてしまう。俺は奥歯を噛締めながら、ぐっと喉奥を自ら締め上げ、声を殺す。 「だめだよ、しのぶ」  そう囁きながら、さなぎの唇が舌先とともに、再び唇に覆い被さると、歯列を割り、奥へ奥へと無遠慮な指先のように入り込んでくる。身体の奥で、さなぎの指がうねり、その度に敏感な部分を掠めた。 「あ、は……っ、ん」 「我慢しないで」  そう言いながら指が増えていくのが分かる。今自分のそこがどういう状態なのか、見たくもないし、知りたくもない。けれど、一つだけは思い知らされている。  そこが疼いている。  ふいに指がずりりと出て行くと、腹と腹が重なり合い、さなぎの固くなったもの押し当てられる。力のみなぎっているそれは、ゆっくりと尻の間を割り、不思議な感覚を残したままの場所に宛がわれる。  これから起こる事を、勝手に予感して、身体の奥がぞくりと粟立った。これに犯されるのだ、たぶん喜びを噛締めながら。  そう思っていると、言葉なくさなぎはゆっくりと不可侵域へと、その大きく膨れたものを押し入れてくる。指先とは違う、更なる圧迫感が、内臓を押し上げていた。けれど、ここでやめて欲しいなんて、少しも思わなかった。  それどころか、もっと欲しいと、心臓がさなぎを求めている。もっともっと、自分の知らない奥までも暴いて欲しい。 「しのぶ、もう少し耐えてね」  深い息を吐きながら、さなぎが包み込むように俺を抱き締めた。長い指先が髪を梳いて、あやすように頭を撫でていた。その間もずぶずぶと少しずつ押し入ってくるそれが、凶器でありながら、愛おしくて堪らない。  じっくりと侵食してくるそれが、奥まで埋まり切ると、さなぎは深く息を漏らし、満足気に俺の身体に覆い被さってきた。 「ああ、幸せ。俺ばっか幸せでごめん」 「俺も幸せだよ」  俺は少し見つめ合うと、額に浮かんだ汗を擦り合わせながら口づけを交わした。何度も角度を変えながら啄み、リップ音を響かせていると、彼の腰がゆっくりと俺の中を動き始める。優しい腰つきなのに、はっきりと内部を抉る、固く屹立したそれは、指よりもはっきりとした快楽を波立たせた。熱い。内壁を擦る度に火が付いたように、体内が燃え上がる。 「あ、さなぎ……っ、ん」  早くなる腰つきが、熱情的に求めてくる。俺は自ら脚の付け根を開いて、さなぎを受け入れた。ふいにさなぎの手が快楽を得て、既に先端を雫で濡らしている性器を握り込むと、自然と女のような喘ぎが咽喉から零れて、思わず己の口を塞いだ。 「そのまま聞かせて」  自身に驚いていると、さなぎがそう言いながら、やんわりと口を塞ぐ手を解いてくる。 「俺を求める声が聴きたいんだ」  そう言い切ると同時に、強く腰を打ち込まれて、温かく力強い手が、性器の側面を擦り上げた。俺はさなぎの首裏に手を回すと、彼を抱きしめ、殆ど乱暴に近い――けれど、優しさと誠実さをもって――さなぎが激しく速く動き始めた。肉のぶつかる音と、のしかかるさなぎが腰を振る度に、男二人を支えるベッドが激しく軋む音が耳を塞いだ。 「あっ、ああ、さなぎ……っ」  めちゃくちゃにされたいと、もっと乱暴に扱って、求めて欲しいと懇願している自分がいる。  身体を内側から割くように、固い楔が打ち付けられる度に、強い快感がつま先から頭の先までを突き抜けていく。その度に身体が、意思とは関係なくびくびくと跳ねて、芯を持った性器が震えた。 「もっと、あ、ンッ……はっ、ア」  頭の芯が溶けて、正常な判断はもうできない。くらくらする。夢と現実の曖昧な境界線に放り出されたような心地の中、さなぎが低く呻き、ラストスパートをかけるように、片手を俺の膝裏に掛け、押し上げると、大きく性器を引き抜きまた力強く挿入した。 「あァッ、いい……ッ、さなぎっ、いくっ」 「俺も……っ」  俺たちは息も絶え絶えな獣のように、唇を重ね合わせる。俺も自ら彼のリズムに合わせ、深くつながり合うように、腰をくねらせ打ち付けた。下腹から脳天を劈くような電流が、びりびりと身体の中を走り抜ける。  やがて、何度目かの激しい交わりに、俺は内腿を震わせながら、今までに感じた事のない絶頂を味わった。目の前が白くハーレーションを起こして、何も考えられない闇に放り投げだされる。  さなぎの腹を俺が汚し、俺の腹に、さなぎの白く熱い精子が飛び散っていた。 「……しのぶ、大丈夫?」 「ん……」  長距離を走り切ったように、荒い息を吐きながら、俺たちはそれでも唇を重ねて、お互いの咥内に残る酸素を吸い合う。髪を通るさなぎの指に目を閉じて、俺はさなぎの下唇を吸った。  雨の匂いが、いつの間にか二人の匂いに移ろい、部屋のなかを浮遊していた。
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