Dinner

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「作曲を頼まれたんだ」  幾度目からの食事会で、さなぎが重そうに口を開いた。俺は口に運びかけた魚介のペペロンチーノを、するするとフォークから零れ落ちて行くのを止められないまま、じっと彼を見つめる。  作曲?  突拍子のないその単語に、目を瞬かせていると、さなぎは椅子に浅く腰を掛けて姿勢を正し、だからね、と改めて呼吸をする。 「俺趣味で動画サイトに機械で作った曲を何本か上げてて、それが有名な人の目に留まったみたい」 「え、それはすごいじゃないか! おめでとう!」  ピアノを諦めていたのに、音楽から手を引かないでいてくれた喜びと、サプライズ的な彼からの告白に、俺はカトラリーを置くと手を叩いた。 「おめでとう!」  ピアノを辞めて、調律師になったと言っていたけれど、彼の私生活のなかには、まだピアノの代わりに音楽が流れているのだと思うと、心が温かくなった。 「どんな仕事?」 「うん、CM曲」 「録画するよ」 「数十秒だよ?」 「何言ってるんだよ、全国区の晴れ舞台だよ」  俺はどんな曲? 歌は入るの? いつから流れる? と、さなぎが戸惑っている事を理解しないまま、矢継に質問をした。 「あ、ごめん。俺嬉しくてつい」 「いや、しのぶがこんなに喜んでくれるって思ってなかったから嬉しいよ」  さなぎはそう言いながら、俺が投げ掛けた質問を、全て丁寧に答えてくれた。 「動画サイトを言ったら聞いてと言ってるみたいになるから、何となく教えるタイミングを逃してたんだ」  さなぎはそう言い訳のような、照れ隠しのような言葉を並べながら、音楽を投稿しているというサイトを教えてくれた。俺は「内緒だよ」と渡された甘いクッキーを貰ったような心地で「ありがとう」とスマホを両手で包んだ。 「どうやって曲を作るの?」 「ある程度ピアノを使ったりもするけど、今は何でもパソコンの画面で色々な事ができるからね。切って繋ぎ合わせたり、強くしたり弱くしたり、自分の思い通りにメロディーの波を調節できるんだ。神様みたいだろ?」  ちぐはぐに散らばってしまった世界を繋ぎ合わせて、調和のとれた音楽の世界を作り上げるんだよ。そんなふうに笑って言えるさなぎには、強さがある。俺は理由もなく「よかった」と、少しだけ安心してしまう。 「んん、このパスタ、塩味がちょうどいいね。潮の香りがちゃんとする」 「魚介だからね。すごく綺麗なヤリイカがあって、思わず買っちゃったんだ」  美味しいね。うん、美味しい。  そんなふうに顔を突き合わせて笑いあう。  俺たちは喜びと幸福を噛締めながら、晩餐を楽しんだ。
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