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リィルはそう自分を納得させた。急におとなしくなったリィルに男は怪訝そうにしながらもニヤニヤと笑い続ける。
「どうしたぁ?ビビって声もでなくなったか?心配すんな。大人しく贄にさえなりゃあ痛くしねぇよ」
リィルは、フンッと鼻で笑う。
「っ……誰が贄なんかになるかよ!この下衆が!」
シリウスと離れられるその覚悟はついた。しかし、ここで利用されては魔獣の矛先がシリウス達に向く。それだけは避けたい。リィルの反抗的な言葉に男は青筋を浮かべてナイフを振り上げる。リィルの右の腕に赤い線が走った。
「っ……うぐっ……」
「立場弁えろやクソガキ!ああ、でもその威勢は気に入ったぜ?なら、もっと痛い目見ねぇとなぁ?痛みでイクなよ?」
予想外に短気な男にリィルは焦り出す。ここで血を流したら闇魔術が使われるのでは?という不安で、どうにかしなければと思案する。
「次は、首にぶっ刺してやんよ!」
男が叫んだ直後、振り下ろされるナイフ。もうダメだとリィルはぎゅっと目を瞑り、痛みに備えた。
「ーー私のリィルを傷つけるな」
聞き慣れた声にリィルがハッと目を開けると、そこにはシリウスがいた。すぐ近くで振り下ろされたナイフは男の手から弾かれていた。そしてそのまま男の鳩尾に拳を叩き込み気絶させる。いつのまにか荷車も止まっていた。もう一人の関係者もシリウスがやったのだろうか?
「っ……シリウス……」
呆然とするリィルにシリウスがゆっくりと振り向く。その琥珀色の瞳は冷たく、濁っていた。
「リィル、私は言ったはずだ。私から逃げられると思うな、と」
「……っ……ああ、そうだな……」
確かに言われた。脅しにも似た愛の言葉のような、それ。あの時は頭がクラクラするほどに痺れたそれが、今では恐怖一色に塗り潰される。
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