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黒のデメキン
ふらっと出かけた夏祭り、沢山の人で賑わっている。家族や、友達や、恋人と楽しそうにおしゃべりしながら、みんな、夏祭りを楽しんでいる。
コミュ障で人見知りのぼくは今年もぼっちだ。中学生最後の夏祭りだというのに、寂しくて切なくて人恋しくて、こんなことなら夏祭りなんか来なけりゃ良かった。
「もう帰ろうかな」
そう呟いたとき、小学五年生くらいの浴衣の少女が、キャっと声をあげた。
声のする方を見るとポイを握りしめて悔しがっていた。
金魚すくい。
ぼくは吸い寄せられるように金魚すくいの小さなプールに近づいた。
浴衣の少女と目が合った。
思わず目を逸らそうとしたが、少女の口の方が早かった。
「おにいちゃん、あの黒のデメキン捕って」 いきなり少女から薄紙を張ったプラスチックのポイを手渡された。
ぼくは言われるままその場にしゃがみ込み、震える手で少女が指さす黒いデメキンを目で追いかけた。
「おにいちゃん、金魚すくい出来るよね」
返事に困ったぼくは、自信なさげにうん、と頷いた。
少女は期待を込めた目でぼくを見つめる。 黒のデメキンはゆうゆうと目の前を泳いでゆく。
この子、親御さんとかいないんだろうか? どうしてぼくがこんなことをさせられているんだろ。
「おにいちゃん、今よ」
もうどうにでもなれ。ポイが破れたって許してくれるだろう。
ぼくは下唇を噛みしめた。
思い切って水にポイを浸けた。
黒のデメキンが一瞬紙に横たわった。
今だ!
左手の腕を近づけた。
あっという間の出来事だった。
黒のデメキンが腕の中を泳いでいた。
「おにいちゃん、すごい!」
となりで少女が両目を細めてはしゃいでいた。
そもそも金魚すくいで成功したためしのないぼくが大きな黒のデメキンを掬い上げたのだ。
奇跡としか言いようのない出来事だった。
「はい、どうぞ」
ぼくは捕獲した黒のデメキンを小さめのビニール袋に入れてもらって少女に手渡した。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
ぼくは立ち上がり、その場から立ち去ろうとしたとき、人と思い切って話してみるもんだなとしみじみ思った。
少しだけ勇気が湧いた。
数歩歩いて金魚の屋台を振り返ると、もうそこにはさっきの少女はいなかった。
夏祭りの屋台の明かりを眺めながら、ぼくは歩き出した。
今年は友達を作るんだ。
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