魔法のない僕

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 放課後に中庭で琥太郎と時間をすごす。この間のデートは楽しかった。この気持ちの高揚があれば魔法もうまくいくかもしれない。  魔法と格闘する直也を、琥太郎はいつもなにか言いたげに見ている。呆れているような表情で、それでも練習につきあってくれる。 「なんでうまくいかないんだろう」  思わずぼやくと、頭を撫でられた。最近はこういうスキンシップが多い。琥太郎は特別意識してやっているようではないので、自然と手が伸びるのだろうか、と直也は自分の髪に触れてみた。 「魔法なんてないんだって」 「でも」  顔を見あげると、冷めた言葉と正反対の優しい笑顔にぽうっと見惚れる。ぼんやり見つめたまま歩いていたら躓いた。 「直也はあぶなっかしいな」 すぐに琥太郎が支えてくれて、転ばずに済んでほっとする。 「ありがとうございます」  身体を離すが、「心配だから」と手を握られた。周りの目は気になるが、琥太郎が堂々としているので真似てみる。  いつもの木陰で並んで座る。琥太郎は手を離さず、さらに力をこめるので、直也の心臓は激しく躍った。 「直也はどうして魔法にこだわるの?」 「それは……」 「なんか意固地になってるようにも見える」  なだめるような穏やかな声で、つい俯いてしまう。たしかに琥太郎の言うとおりかもしれないが、直也には魔法がないとだめなのだ。 「僕、自分に自信がなくて」 「うん」 「魔法が使えると思うと、それだけで自分を認められるような気がするんです。魔法は全然うまくいかなくても、希望を持っていたいっていうか」 「そっか」  静かな瞳が直也を見つめている。落ちつかなくてその目を見つめ返せず、つい視線を手もとに落としてしまう。そんな直也を琥太郎は笑う。あのデートの日以来、琥太郎はよく笑ってくれる。 「直也は自信が持てないかもしれないけど、俺は直也といると楽しい」 「えっ」 「だから魔法なんてないってことは、早く気がつきな?」  悪戯めいた耳もとでのささやきに頬が熱くなると同時に、嬉しすぎる言葉に舞いあがる。琥太郎は直也の反応さえ楽しんでいるような様子だ。 「そんな妄想癖も――けど」  小声で聞き取れなかった言葉に首をかしげる。 「なんて言ったんですか?」  もう一度言ってほしくて整った顔を見あげるが、楽しそうに首を横に振られた。琥太郎は「なんだろうな」と唇に人さし指を立てた。  思うようにいかない直也を、琥太郎はそれでも見守ってくれる。口では魔法なんてないと言っていても、やはり信じているのかもしれない。それならば期待に応えなくては、とさらに意気込むが、焦ってもまったく前に進まない。というかスタート地点にも立てていない気がする。魔法なのか偶然なのかわからないようなことしか起こらないのだ。 「魔法にこだわらなくてもいいんじゃないの?」 「は、い……」  琥太郎の言葉のとおりかもしれないけれど、それが直也の自信のもとだった。  魔法が使えるはずなのになにも起こらず、徐々に自信が砕かれていく。魔法の効果で琥太郎がつきあってくれているのだから、使えないはずがない。  もしかしたら、あのときだけ使えただけなのかもしれない。いずれ琥太郎にかけた魔法の効果も薄れていくのかも――考えたらどんどん不安になった。魔法の効果がなくなることは、琥太郎が離れていくこととイコールだ。 「直也」 「は、はいっ」 「なにびくびくしてんの?」  いつ魔法の効果が切れて別れを切り出されるかわからないのだから、びくびくもする。 「いえ、そんな……びくびくなんて」  そんなことは起こらない、起こってほしくない。その願いだけでぎりぎり糸一本繋がっているようにも感じる。怖くてたまらない。 「直也、大丈夫だ」  落ちつかせるように優しく声をかけてくれるが、大丈夫なんて思えなかった。怯える直也を、琥太郎は今日も心配そうに見つめている。  琥太郎が離れていくことを考えると、魔法を諦めたくない。絶対に魔法が使える、と必死になるが、なにひとつうまくいかない。そんな直也を見つめる琥太郎の心配そうな瞳に、余計に焦る。 「今日もまだわけのわからないことすんの?」 「わけのわからないことじゃなくて、魔法の練習です」 「だからさ、魔法なんてないんだって」  焦る直也に言い聞かせるような琥太郎に、さらに不安になっていく。もしかしたら、もう効果が薄れているのかもしれない。時折ひどく冷めた視線を向けられ、心臓が凍りそうになる。 「もうやめなよ」 「やめません」 「じゃあ、俺は先帰るな。魔法に夢中みたいだし?」  止められてもやめられない。やめたら琥太郎が離れていってしまう。  頑なにやめない直也を一瞥した琥太郎は、突き放すように去っていく。  急いできちんと魔法が使えるようにならないといけない。それでまた琥太郎の興味を引けるように魔法をかけるのだ。 「あのさ」  背中を向けた琥太郎が少し振り向く。 「はい」  なにを言われるだろう――最近は琥太郎の言葉が怖い。 「俺は直也が直也であればいいんだよ。魔法なんていらない」 「それは……」  魔法がないと、直也なんかに興味を持ってくれないだろう。琥太郎のように眩しい人には、魔法がなければ直也も近づく勇気がない。こんな自分ではだめなのだと唇を噛んだ。よりよい自分になるために魔法がなくてはいけない。 「でも、琥太郎先輩は僕がかけた魔法の効果でつきあってくれてるんでしょう?」 「は?」 「え……?」  表情を険しくした琥太郎にきつく睨まれた。刺さるような視線に、身じろぎひとつもできない。怖くて足が竦んだ。 「なに言ってんの?」 「……あの」 「俺の気持ちを魔法で動かしたつもりか?」  なにも答えられない直也を置いて琥太郎が歩き出す。呼び止めたいが、できる気がしなかった。琥太郎が怖い。 「俺の気持ちってその程度に思われてたんだな」 「こ、琥太郎先輩」  大きく息を吐き出した琥太郎が足を止めた。振り返ることなく、もう一度深いため息を落とす。 「お互い冷静になるまで距離置こう。ちょっと今、直也といたくない」  追い打ちをかけるような言葉に、その場に座り込みそうになるのをなんとか堪える。ちら、と顔だけ振り向いた琥太郎は、ひどく冷たい目をしていた。 「俺はずっと冷静だったつもりだけどな」
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