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魔法があると信じられるおかげで自分に自信が持てるようになった。だが、肝心の魔法は失敗ばかり。授業で当たらないようにと願っても当たるし、購買で目当てのパンが買えるようにと唱えても売り切れる。
「僕が魔法をかけます!」
「直也、魔法なんてないよ」
さらにきついのが、琥太郎が直也の魔法を信じていないことだ。いつも「魔法なんてない」と呆れられる。
「僕は授けられたんです」
だが、直也も引かない。魔法が使えることのなによりの証明は、琥太郎とつきあえていることだ。魔法でなければそんなことが起こるはずがない。琥太郎の胡乱なものを見る表情は、明らかに疑っている。
「じゃあ、あの木の葉っぱ揺らしてみてよ」
「わかりました!」
木に向かって手を伸ばし、「葉よ、揺れろ」とぶつぶつ唱えるがなにも起こらない。
「お願い、揺れて。揺れてください……!」
「やっぱ魔法なんてないじゃん」
琥太郎の声は静かで、説得力がある。だが、直也は使えるのだ。
「あ……!」
懇願していると風が吹き、葉がさわさわと揺れた。
「揺れました! 揺れましたよ!」
「今のはさ――」
なにか言いかけた琥太郎が直也をじっと見る。そんなにまっすぐに見つめられると、緊張して動悸が激しくなる。つきあっているけれど、琥太郎の輝きには慣れていない。
「もしかして、信じ込んだら突っ走るタイプ?」
「セールスや勧誘には気をつけろとよく言われます」
「なるほど」
琥太郎はひとりで納得していて、直也は首を傾ける。頭をぽんと撫でられ、心臓が甘く高鳴った。
「変なもの信じないように」
諭すような言葉に、魔法は変なものではないから自信を持てということかな、と考える。やる気が出てきて力いっぱい頷く直也を、琥太郎はどこか心配そうな瞳で見つめていた。
今日は琥太郎と昼休みを一緒にすごす約束をした。直也は昼休みになると同時に購買に走る。目当ては琥太郎が好きなバナナクレープ。彼はいつもこれを食べている。魔法は失敗ばかりで、効果がないと困るので直也は走った。
無事にふたつ買って中庭にいくと、すでに琥太郎がいた。
「琥太郎先輩、これ」
クレープを差し出すと、琥太郎は驚いたあとに呆れた顔をした。
「俺は直也をパシリにしたつもりはない」
「僕が買いたくて買ってきたんです。いつも食べてますよね?」
直也が彼を目で追っていたとき、昼休みにはよくこのバナナクレープを食べていた。だからきっと好きなのだと思ったが、違っただろうか。
少し不安になると、琥太郎は苦笑しながらクレープを受け取ってくれた。
「俺のこと、よく見てるな。ありがと」
「は、はいっ」
嬉しくなって声が上ずる。クレープを渡したときに軽く触れた指先が熱い。
少し暑くなってきたけれど、中庭のベンチは埋まっていた。
「魔法でベンチが空くようにします!」
ぶつぶつと「ベンチよ、空いてください」と唱えるが空かない。空く気配すらない。
「そのへんの木陰でいいじゃん。風が気持ちいいよ」
琥太郎は最初から期待などしていないような口調だ。木陰を指さされ、渋々と頷く。
これまでで成功している魔法は琥太郎につきあってもらえたことだけだ。それ以外は全部失敗している。
「なんで魔法がうまくいかないんだろう」
呟きながら首をひねると、琥太郎は直也の頭を軽く小突いた。こんなスキンシップをしてもらえるなんて、嘘のようだ。憧れて見ていただけの存在が近くにある。
「だから魔法なんてないんだって」
「でも、たしかに夢で授けられました」
「そういう現実っぽい夢もあるよ」
まったく信じてくれない琥太郎の言葉に、少し自信が薄れはじめる。魔法が使えるはずなのに。
魔法があっても性格は簡単には変わらないようで、そうそう自信満々には生きられない。ことあるごとに小心者の自分が出てくる。
「琥太郎先輩みたいになりたいな」
自信に満ち溢れているような彼は輝いて見える。思わずため息をつくと、琥太郎も同じように息をついた。
「俺みたいなのはつらいよ」
「どうしてですか?」
琥太郎はもうひとつ息を落とした。
「疑い深いし、外側ばっかり見られるし」
たしかに、魔法なんてないとばかり言っている。疑い深い性格なのか、と新たな一面を知って嬉しい。
ふと真剣な表情になった琥太郎が直也を見る。
「直也は俺のどこが好き?」
唐突な問いかけに、慌てながら頭に浮かぶことを全部口にした。
「えっと、恰好いいところだけじゃなくて、頭がよくてよくお友だちの勉強を見てあげる優しいところと、バナナクレープを食べると嬉しそうにするところと、笑顔が素敵なところと、あと――」
思いつくままあげていくと、琥太郎が笑い出した。腹をかかえて笑う笑顔が眩しい。
「そんなに必死に答えてくれてありがと」
直也の頭をくしゃくしゃと撫でる。犬にするような撫で方に、どきどきと脈が速くなった。
「直也は不思議な子だな」
「不思議……どのへんがですか?」
「変ってことだよ」
笑って答えられ、なんだか納得がいかないが琥太郎が楽しそうだからいいか、と直也も一緒に声をあげて笑う。ひとしきり笑ったあと、「ちゃんと人を好きになりたいな」と呟いた琥太郎の言葉に胸が痛くなった。
直也には興味があるだけで好きなわけではないことはわかっていた。それでも口にされるとつらいし、琥太郎が人を好きになれないことも苦しい。
「僕は琥太郎先輩が大好きです!」
力いっぱい宣言すると、また笑われた。
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