魔法のない僕

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 琥太郎との待ち合わせ場所の電車乗り換え口につくと、周りの女性の視線が一か所に集まっている。まさか、と思ってその中心を見てみたら、やはり琥太郎がいた。  休みにどこかに出かけよう、と琥太郎から誘われ、直也の人生初のデートだ。  慌てて駆け寄ると、琥太郎が直也を見つけて微笑んだ。 「お待たせしました!」 「そんな待ってないよ。いこ」  並んで歩くが、周囲からの視線がすごい。思わず直也まで琥太郎を見あげた。背が高くて、私服姿も恰好いい。 「なに見てんの?」 「みんな見てるから、つい」 「直也が真似してどうすんの」  両手で髪をくしゃくしゃとかき混ぜられ、わ、と頬が熱くなる。大きな手が直也の黒髪を乱す。 「髪が……」 「ごめんごめん」  まったく悪いと思っていなさそうな表情で髪を直してくれる。髪を撫でられて、また頬が火照った。 「直也といると楽しいな」  ぽつりと聞こえた言葉に心が温かくなった。楽しんでもらえるのも魔法の効果だろうか。  少し離れたところにある動物公園にいくので、電車に乗る。車内は土曜日なだけあってほどほどに混雑していて、扉脇に並んで立つ。 「直也はテスト大丈夫?」 「えっと……頑張って平均点にいけたらいいな、という感じで」 「遊んでる場合じゃないじゃん」  笑われて、たしかにそうだ、と恥ずかしくなる。琥太郎の柔らかい笑顔に胸がとくんと鳴り、思わず目を逸らしてしまった。ずっと見ていたら心臓がおかしくなりそうだ。 「勉強見てあげようか?」 「いえ、そんなわけには」  受験生の琥太郎のほうが大変だろうし、直也のことでさらに疲れさせるのは申し訳ない。成績は魔法ではどうにもならない、というより、魔法が使えたのはやはり琥太郎につきあってもらえていることだけで、他に効果があったものがひとつもない。地道に勉強するしかないようだ。 「夏休み、補習で会えないって寂しくない?」  それはつまり、夏休みに会ってくれるつもりがあるということで――。 「寂しいです!」 「声でかいよ」  また笑われ、たしかに大きかったと縮こまる。車内を見まわしてみると、直也の大声より琥太郎の外見が周囲の目を引いている。  いつか聞いた言葉を思い出した。  ――外側ばっかり見られるし。  琥太郎にとってはこういうこともつらいのかもしれない。恰好いい人には、平凡な人間にはわからない悩みがあるようだ。  動物公園について、なにを見るかと相談する。マップを見た琥太郎はひとつ頷いた。 「ここはライオンから」 「えっ」 「いこ」  歩き出そうとする琥太郎を必死に止める。それはまずい。 「食べられます」 「そんなわけない」  直也がいくら止めても、琥太郎はライオンのいるどきどき系のエリアまで進んでしまう。直也も当然ついていく形となった。  そのエリアにはヒグマがいたり、虎がいたり、もちろんライオンもいる。知らず脚がかたかたと震え出した。 「こういう怖い動物は見てるのもだめです……!」  限界です、と弱音を吐くと、琥太郎は直也の顔を覗き込んで悪戯っぽく微笑む。 「俺がついてても怖い?」  そんなのは決まっている。 「怖いです。絶対琥太郎先輩が先に食べられます」 「ひどいな」 「僕だったら、おいしそうな人から食べます」  震える声で言い募る直也を琥太郎は笑う。また髪をくしゃくしゃとまぜられ、違うどきどきも全身に広がる。 「俺っておいしそうなんだ?」  今日の琥太郎はよく笑う。楽しそうなのは直也も嬉しいが怖い。見たくないのにライオンを見てしまう。 「そんなに怖いなら、他のとこいくか」  自然に手を引かれ、どきどきする動物のいるエリアから離れた。ヒグマも虎もライオンも、もういないのにまだどきどきする。  どこにいくのかとついていくと、ほのぼの系動物のエリアに連れていってくれた。直也のテンションが一気にあがる。 「琥太郎先輩、ペンギンがいます!」 「いるな」 「あっちはレッサーパンダです!」 「そうだな」  直也が声をあげるたびに、琥太郎は可笑しそうに口もとを緩めて頷いてくれる。ひとりではしゃいでいることに気がつき、恥ずかしくなった。 「すみません」  それでも視線は周囲のほのぼの動物たちを追ってしまう。自然と頬があがる直也の手をぎゅっと握った琥太郎はまた表情を崩した。 「ほら直也、あそこにカピバラがいる」 「えっ、ほんとだ!」  これははしゃいでいいということかな、と考える。  直也が夢中で動物を見ている隣で、琥太郎はずっと笑っていた。  魔法のことは頭にほとんど浮かばなかった。
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