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「魔女だ」
「黒林檎の魔女がいるわ」
朝、村の大通りを歩いていくと道のあちこちからそんな声が聞こえてきます。昔はよく私の面倒を見てくれた村の人たちは、今は物陰から汚いもののように私を見て、私がそちらを見るとパッと見を隠してしまいます。
寂しいことだけど、もう慣れてしまいました。
村を出て急な山道を登ると目的の果樹園に辿り着きます。私の家の果樹園は山の中腹にあって、村の畑の中で一番遠くにあります。
果樹園につくと、山の斜面からお日様に沿って林檎の木が並んでいます。お父さんやお母さんが大事にしてきた林檎の木を、今は一人でお世話をしています。お父さんもお母さんも、数年前の流行り病で死んでしまい、残されたのは私一人。
村の人たちは親を亡くした私を家族のように助けてくれました。それに、私のように親を亡くした子供は珍しい存在ではありません。夜にギュッと寂しくなる時はあったけど、村での暮らしは幸せだったと思います。
あの、黒い林檎が生るまでは。
林檎の気になった黒い林檎に手をのばし、収穫していきます。
三年前、十六歳になった年のことでした。いつもより日差しが強かった年に黒い林檎が急に生り始めました。その日から、村の人たちはその林檎を呪いの林檎と呼んで、私が魔女だからそんな林檎が生ったのだと恐れ始めました。
当然、そんな林檎は気味悪がって誰も買ってくれません。黒いのは皮だけで、内側の色は普通の林檎と同じなので、煮詰めてジャムにしたりして他の町や村で売ることでどうにか暮らしていけています。
だけど、それだけでこのままこの村で暮らしていくことは難しいかもしれません。それでも、私は林檎を育てることしか生き方を知らないのです。
いつまでも答えの出ない考え事をしているうちに林檎の収穫を終えて、家へと帰ります。返るときには籠一杯に黒い林檎が入っているせいで、「魔女だ」と私を罵る声が大きくなります。
「あれ?」
息よりも早足で家に帰ると、家の前に知らない男の人が立っていました。金髪碧眼の若い男の人は、誰かを探すように家の前をうろうろと歩き回っては時折空を見上げています。誰かを待っているようですけど、どうして私の家の前で待っているのでしょう。
「どなたかお探しですか?」
声をかけると男の人はこちらを振り向いて、それから私の背中の方に視線を向けてすごい勢いで近づいてきました。
「突然すみませんが、セラさんですか?」
「そうですが、貴方は……」
「失礼、僕は商人のルイといいます」
男の人――ルイさんは私に対して優雅に一礼します。つられて頭を下げますが、商人の方が私のところをわざわざやってくる理由がわかりません。
「実は今、王都では林檎が流行ってまして。この村で仕入れられたらと思ったのですが、皆さんすべて卸先が決まっているとのことで、セラさんのところに行ってはどうかと言われまして」
ルイさんは私が気になっていることに気づいたのか、私が背負う籠の方に目を向けながら説明してくれます。なるほど、この村の林檎は有名ですし、理由はわかりました。けれど、私はルイさんのお役に立てそうにありません。
「すみません。うちの畑でとれる林檎、こんな色なんです」
背負ってきた籠を下ろして中身をルイさんに見てもらいます。真っ黒な呪いの林檎。王都の方々がこんな林檎を食べるとは思えません。
だけどがっかりされると思っていたルイさんは小さく目を見開いてから、ためらいなく籠の林檎を手に取るとそのままかぶりつきます。そして、今度は大きく目が見開かれました。
「甘い!」
ルイさんの顔にパッと笑顔が浮かぶと、そのまま私の手をとりました。男の人にこんな近い距離で手を握られたことなんてないからなんだか少しドキドキします。
「セラさん、この林檎は売れます!」
「でも、こんな真っ黒ですよ?」
「だからこそ、この林檎は特別になれます!」
ルイさんの瞳がメラメラと燃えるように見えました。呪いの林檎と言われて、そのままでは誰も見向きもしない林檎が特別なんて言われてもピンときませんが、都会の人たちは変わったものが好きなのでしょうか。
でも、私がつくった林檎をそのまま食べておいしいと言ってくれる人は久しぶりで、なんだか胸がぽかぽかします。
「セラさん。畑でとれた林檎、すべて僕に買い取らせてもらえないでしょうか」
「え、ええ……?」
「まずはこの籠に入っている分、これで引き取らせてください」
ルイさんは腰に下げた革袋から銀貨の束を取り出すと、そのまま私に握らせます。それはこの籠いっぱいの林檎をジャムにして売った時の何倍にもなるお金です。
「こ、こんなにいただけません!」
「いえ、この林檎にはこれだけの価値があります! 僕がつけてみせます!」
ルイさんのあまりの熱量にそのままお金を受け取ってしまいました。ルイさんはまた三日後に取りに来ます、と言い残すと籠を背負って意気揚々と村の外に向かってしまいました。
あ、籠は置いていってほしいのです。
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