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朝の空気は、冷たく澄んでいる。
先程まで居た家が暖かかったせいか、何時もよりも冷気が厳しく感じた。
(いい子だったなぁ)
言葉は胸の中だけでつぶやく。
そう彼に伝えた時、彼が泣きそうな顔をしていたのできっとそれは言わない方が良い言葉なのだろう。
「はぁ」
代わりに息を吐く。
白く濁った息がすぐに消えた。
憂鬱もこれくらいすぐに消えてくれれば良いのにと苦笑する。
そしてすぐ帰る家のことを思って、足が重くなった。
「奥さんによろしく、だって」
左手薬指にある指輪を空にかざしてつぶやいた。
「よろしく言えたら良かったのにね」
日に日に朧げになる彼女の輪郭を心に浮かべ、話しかける。
「俺、まだそっち行けなかった」
彼女がいなくなった家に居るのが嫌なのに、彼女の面影の残る大学へ頻繁に通う日々。
あの日から喪服として着続ける黒い服。
酒に逃げて、そのまま寝たら彼女のもとへ行けるかもしれないと思ったのに、まだ生きている。
「一瞬だけさぁ、君と彼が似てるって思っちゃったよ……全然似てないのに」
台所で朝食を作ってる後ろ姿が、彼女に見えた。
だけど当然違う。
なんで似てるって思ったのかもわからないくらい、似てないのにね。
「……君に会いたいよ」
一筋だけ溢れた涙は黒い服に溶けて見えなくなった。
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