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スミレ色の伊達メガネ①
忍田先輩にラインで呼び出されたのは、六月上旬の土曜日だった。
わたしは何週間か、絵を描く気力を失って呆けていたところだった。先輩からラインをもらって、「そうか。アトリエ訪問のあの日にライン交換したなあ」なんて、少し懐かしく思い出す。
髪が伸びてきていたのに、切る気力もなかったんだな。
会う時になってそう気がついた。
もう、肩肘張ることなんか何もない。わたしは一番恥ずかしいものを、先輩に見られてしまった。
たとえ、裸を見られたって、あんなに恥ずかしくはない。芸術家の卵にとっての「妄想」って、そういうもの。
「スミレ色」のあの絵はアトリエの片隅にひっそりと今は眠る。
先輩はわたしに気を遣ってくれてるのかな。
わたしなんかに今更会って、どうするつもりなのかな。
白いシャツを選んで着た。ボタンの上にピンクのリボンがついてるやつ。可愛いやつ。
公園に着くと、スズメに豆のお菓子をあげてしまう。もちろん、豆のお菓子はスズメ用に家から持ってきていた。
わたしは動物がとても好きだから。
「あまり、野鳥に餌をやるもんじゃないぞ」
わたしをたしなめる声がした。忍田先輩。
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