あじさい

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私はあじさい。 雨が降る季節に花を咲かせる。 あじさいは、土の(ペーハー)によって花の色が変わる。 薄紫やピンクになるのは、アルカリ性の時。 誰かが肥料を撒いてくれたときや畑の近くで咲くとき。 私は青い色の花を咲かせる。 雨のせいで土壌が酸性だから。 私はあじさい。 雨が降る季節に花を咲かせる。 「花屋にあじさいが売っていたんだ」 君が好きな花だからね。 そう言ってあなたはあじさいの花束を持ってきてくれた。 「それとも、あじさいは、切り花にしてはいけないのかな?」 「いいえ」 あじさいは切ってもいい。 だって散らない花だから。 「あじさいはね、誰かに切ってもらわなければ、ずっと枝についたままになるの」 大きなあじさいの花束を見て私は彼に微笑んだ。 私はあじさい。 雨が降る季節に花を咲かせる。 咲いているときはとても綺麗で、雨とともに咲いて、雨が上がる時期に務めを終える。 「今日は君の好きな曇り空だ」 「そうね」 「君は晴れているときより、雨が降っている日のほうが調子が良かったね」 あじさいは晴れた日が似合わない花だ。 彼の後ろから元気な男の子が走ってくる。 「これ、子ども園の先生に教えてもらったんだ」 「そうなのね」 男の子から折り紙で作ったあじさいの花を受け取る。 紫と、青と、ピンクだ。 可愛らしくて、くすっと笑ってしまった。 雨が降ってきた。 このままではせっかく作ってくれた折り紙が濡れてしまう。 「雄太(ゆうた)、ママは喜んでくれただろうから、この花はおうちに飾ろう」 「うん」 彼らの後ろから傘をさした奇麗な女の人が歩いてきた。 「雨が降ってきたから、傘を持ってきたわ」 彼女は手に持った傘を彼に渡した。 「ありがとう。(さち)」 雄太が彼女のさした傘の下に入り、手をつないだ。 幸せそうな家族に見える。 「どうする?折り紙。ハンカチに包んで持って帰る?」 彼女は優しく雄太に尋ねた。 「うん」 元気よく返事をして、雄太はあじさいを彼女に渡した。 私はあじさい。 雨が降る季節に花を咲かせる。 「もう。私は大丈夫よ。あなたも早く彼女の元へ行ってあげて」 「……いいかな?」 「ええ」 「いいかな?僕が新しい妻をもっても、君は怒らないかな」 「ええ。大丈夫よ」 濡れたせいで線香の火が消えてしまった。 もう三年が過ぎた。 私はあじさい。 雨が上がると私の季節は終わる。 あじさいの花は、梅雨が終わっても枝から落ちず、そのまま立ち枯れてしまう。 花は枯れてしまうとどれも悲しい姿になる。 その中でもあじさいは特に醜い。 私はあじさい。 役目を終えたようだから。 そろそろ誰かに剪定してもらわなければならない。 ◇ 「ありがとうございます」 「それじゃぁ、花後の剪定を行います。切りますよ」 係の人が、私と俗世のつなぎ目に、清潔な鋏をあてる。 「ええ。お願いします」 プチンと音がして私は剪定された。 雨が上がった。
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