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「さて、この辺が目的地のはずだけど」
あたりを見渡すと立派な戸建てがずらっと並んでいる。俺には縁もなさそうな世界だ。その中でも一際目立つ家があった。気になって表札を見ると「柏原」と書いてある。ビンゴ。今回の目的地だ。深呼吸をするとインターフォンを鳴らす。
「すみません、家庭教師の面接を受けにきたのですが」しばらくしてから応答があった。
「あら、あなたが今回の応募者ね。鍵はかかってないから中へどうぞ」
ドアの前に立つと再び深呼吸をする。何事も第一印象が大切だ。そして礼儀。俺はドアをノックすると大きな声で「失礼します」と断りをしてから中に入る。
ドアの向こうには一人の女性が立っていた。見た目からするに30代前半、おそらくバイトの依頼者、つまり母親だ。
「いつまでそこに突っ立っているのかしら」
言われて気づいた。あまりの美貌に見惚れてしまっていたのだ。
「こっちよ」
言われるがままについていくと、広いリビングに通された。さすがお金持ちなだけあって絵画が一つ飾られていた。それは風景画だった。美術に疎い俺でも分かる。この絵の作者はプロかレベルの高いアマチュアだ。
「お茶でもどうぞ」
俺は出されたお茶を一気に飲み干す。春とはいえ、ここまでの道のりで喉はうるおいを求めていた。しかし、すぐにしまった、と思った。俺はバイトの応募者だ。こういう場合は話が進んでから徐々に飲むべきだった。
「あら、いい飲みっぷりね。嫌いじゃないわ。今までの人はかしこまりすぎてつまらなかったから」
俺はもう一度依頼者である母親に目をやった。一言で表すならクールビューティー、この表現がしっくりくる。歳は30代前半、漆黒の髪を後ろでお団子にしている。一つ一つの動作からは気品を感じる。
「あなた、家庭教師の面接を受けに来たのよね? 人をジロジロ見るなんて失礼じゃないかしら」
やらかした。せっかくお茶の件で好印象を与えたはずが、マイナスだ。
「あなたの応募書類には一通り目を通したわ。いたって平凡。そんなあなたにうちの娘の家庭教師が務まるかしら」
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