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2. ネズミを加えてくるのはなぜ?
レジーは、母さんが最初に連れてきた猫だ。
コロナで学校に行かれなくなったときだから2年くらい前のことだ。
妹の異変に気づいた母さんが貰い手を探していたレジーの元の飼い主からもらってきた。オスの青い瞳の猫、シャム猫みたいな毛色をしている。いつもしっぽをピンとさせて良く鳴く。こんな洋風な猫が飼い猫になるなんてと不思議な感覚があった。
純日本風の家屋なのに、猫だけが洋風。いっそ、母の実家なら似合っていただろうに。名前も母が「イタリアっぽい名前がいい」と、レジーと名付けた。
その日から母さんは「レジーの職業はアニマルセラピスト」と言っている。
当時は、猫を飼うなんて初めてだったからどう接していいかわからなくて、時々身体を指でつんつんとしていた。そしたら、しゃがんでいたオレの足にすりっと頭をこすりつけてきた。この時初めてかわいいと思った。それ以来、母さんに教わりながらご飯をあげるとかトイレの世話とかをしている。
ある日、部活から帰って重い体を引きずって部屋に入り、ベッドの上に倒れ込むと、レジーが変な鳴き方をして階段を上がってきた。すごい大きな声だけど、「ニャー」とかではない聞いたことのない鳴き方だった。
びっくりして部屋の外に出てみると、おもちゃのネズミを咥えながら鳴いていて、二階の居間にいる父さんのところへまっすぐ向かっていく後ろ姿が見えた。
「レジー、どうした?」
声をかけるとほぼ同時くらいに、咥えていたネズミを父さんの前に置いた。そしたら父さんが「お前、また持ってきたのか?貢物とか持ってこなくていいんだぞ」と言いながら、寝ころんで待っているレジーにブラッシングしてあげている。
父に「レジーに何かしつけたの?」と聞いてみると、10日くらい前からおもちゃのネズミを父さんのところに持ってきて、ネズミを口から離すと父さんの前に寝転がって催促するように鳴くので、そばにあったブラシでブラッシングしてあげて以降、こうしてねだりにくるという。
ちょうどオレが夏期講習で家を空けていた時だ。しかも父さんがぼーっとテレビを見ている夜にだけ持ってきてねだるらしい。
この時は、「一種の芸か?おもしろい猫だな」くらいにしか思ってなかった。
それ以降もレジーのブラッシングねだりは続いている。
今日は、自室のクローゼットの片づけをしている。
母に「持っていく服と着ない服に分けてちょうだいね」と言われていたのだが、クローゼットの前に座り込み、手を付けられずぼーっとしてしまった。
中学の時に1人部屋になり自分で部屋を管理する約束をした。母曰く、片づけができるように練習のためだという。しかし、掃除のやり方を教わって何度かはやってみたものの、勉強と部活でそれどころではなかった。というより面倒だったというのが正直なところだ。
いつも足の踏み場のない部屋だと母に言われ、しぶしぶ物を足でよけるだけ、掃除機も母に何度も言われてやっとかける、服は母が畳んでくれたものをそのままクローゼットに投げ入れるという生活をしてきた。
親には口が裂けても言わないけど、ご飯が出てきて、洗濯をしてもらってという当たり前のことが今になってありがたいことに思えていた。
クローゼットの片づけには時間がかかるだろう。しっかり者の母がやれば1時間もあれば終わらせてしまうだろう。しかし、今日は「自分でやる」と言って段ボールとごみ袋を持ってきて格闘している。始めてからすでに2時間が経過しているが、一向に進んでいなかった。だから面倒くさくてぼーっとしていた。
ドア越しにレジーが、あの変な鳴き方をしている。
もしかしてと思い、ドアを開けるとオレの足の前にネズミを置き、「ブラッシングしていいよ!」みたいな感じでごろっと横になった。
「なんだよ、レジー。ブラッシングしてほしいのか」
そう言いながらレジーの身体を撫でてやると気持ちよさそうに目を細めた。ゴロゴロと喉まで鳴らしているではないか。これはもう、ブラッシングしてやらなければならないのではないかという気持ちになり、ブラシを持ってきて毛を解いてやった。レジーはブラッシングの最中も気持ちよさそうに喉を鳴らしている。
その時、ふと思った。
レジーは、毛を解いてほしいときだけやるのではないんじゃないかと。
これはオレの想像に過ぎないが、もしかして夏期講習に行っている間、父が息子がいなくて寂しい思いをしているのではないかと感じたレジーが父を慰めるためにやっていたのではないか。
そして、今オレが悲しい気持ちで部屋を掃除しているのではないか、部屋を出ていくオレに対して慰めるためにやっているのではないか。
そう思ったら、母さんが「レジーはアニマルセラピストだ」と言っていたのを思い出した。
猫は気まぐれな生き物だと友達が言っていたが、少し違うのではないかと感じ始めている。
レジーがこうして慰めにきてくれているからだ。そう思ったらレジーがとてもかわいくて思えてならなかった。
ブラッシングの手を止め、ぎゅっと抱っこしていっぱい撫でてやった。
自分は猫にも思われている、大切にされている、そんな思いがこみ上げてきた。正直、うれしかった。
しかし、撫で過ぎたのだろうか、抱きすぎて動きを束縛しすぎたのだろうか。前足をオレの身体で踏ん張り、「もう離せよ」と言っているようだった。
離してやると、身体を思いっきりブルブルと震わせ、前足の付け根辺りを2・3回舐めてからこちらを見て「ニャー」と優しく鳴いて行ってしまった。
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