序章:王と花魁

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02:闇と影に舞う花月 二十四年間守り抜いた処女は、想像するよりも呆気なく散った。 自分で納得済みだったのに、いざ失ってしまうと、どうしようもなく悲しみが込み上げてくる。 「ひっ……ぃ……ァッ、ふ」 なぜ、突然こんなことになっているのか。 わからないけれど、現在進行形でアザミの膣にジンのモノは下から突き上げるかたちで上下している。 瀕死の患者のどこにそんな力があるのか。 アザミは躊躇した一瞬の隙に、ジンに腰を掴まれ、そして処女は奪われた。 「へ、い……ッ…か、陛下」 痛くはない。 薬の効果だと思うが、それよりも何よりも、ケガをしている身体でそんなに激しく動いて大丈夫かと気が気でない。 それでもアザミに出来ることはジンの腹に両手を置いて、振り落とされないように腰を落とした姿勢を保つことだけだった。 「ァッ……はぁ…はぁ……ッへい…か、ぁ」 陛下と統王様の単語以外、吐息は言葉を忘れてしまったのではないかと思える時間が経過していく。 卑猥な音。遊郭では聞かない日がない男女の交わりの音が、自分の股の間から聞こえてくる。 「………ッ」 初めて生で体感している。 見た姿や聞いた話しではなく、素肌を濡らして交わりあっている。 自分には縁のない行為だと思っていたことが、関係ないと思っていたことが、鈍痛と刺激を連れて襲ってきている。下から一定速で突き上げられる時間が続いている。 「ぁ……ぅ………ンッ、んぅ」 ジンの腹に置いていた手で、アザミは慌てて自分の口を押さえた。そうでもしないと変な声と一緒に、何かよくわからないものが飛び出していきそうだった。 「……っ、ンッ……ぅ……んっ」 視界が揺れる。前後に激しく揺さぶられる。離れることのない下半身は定位置に居座り、内臓を突き上げて重力に沈んでいく。 繰り返し、繰り返し。それは単調でいて、一定の律動で刺激を送ってくる。 「ゃ、ァッ………ちょ、陛下」 薬の効果は、不感症の女にも作用する。 それは等しく未体験のアザミのメスも掘り起こし、柔らかな乙女の肉に浸潤していく。感じたことのない何かが内側から溢れてくる。 「陛下、統王さ……ま……起き、て……ヤッ…ぁっ…止まって…くださ……ひっ」 怖い。とにかく未知の体験が与えてくる刺激が怖いとアザミは必死に制止を訴える。 口を押さえていた両手は再びジンの腹に舞い戻り、逃げようと奮闘した腰をひねる。 「止まっ、ぁ……ん……ぅ」 裏返った声が戻らない。 咳払いをしても、息を止めても、加速するごとに高く昇って、息つく暇もなく次の刺激が膣の奥を叩いてくる。 「へいか……まっ…ァッ……ひっ」 いくら帝国を統べる王とはいえ、相手は重傷を負っている。 主導権はアザミにある。 それなのに止められない。 逃げられない。 オスとしての本懐を遂げようと、意識のないはずの男は、逃げようとするアザミの腰を追いかけ、容赦なく突き上げてくる。 「な……に、これ……ァッ…ヤ、ァッ…なに……ァッ…く、ぅ」 込み上げてきた得体の知れないものがパチパチと目の前に火花を散らせる。 反射的に体をのけ反らせるのに、ジンの手ががっちりと腰を掴んで離してくれない。いや、自分でも腰を振っている。娼婦らしく男にまたがり、淫らに腰を前後させて喘いでいる。 「ゃ、ァッ……ふっ…ぅ……ぅッ」 怖いのに、なぜか浮遊するような奇妙な感覚が心地よくて混乱してくる。 名高い黄宝館の花魁として知識や見聞を人よりも多く持っているのに、全然想像通りにいかない。男を翻弄しなくてはならないのに、男に屈するしかない現状が情けなくて、悔しくてたまらない。 「陛下……ッ…へいか……ぁ」 気付けばアザミはポロポロと涙を流し、声を殺して、ジンの動きに身を委ねながら弱々しく泣いていた。 いつになったら終わるのだろう。 予測のつかないことばかりなのだから、おそらく自分が考えているよりも続くのかもしれない。 「ぅ……ひ、ンッ……ァッ、ぁ」 鼻から抜ける変な声が止まらない。 自分でも聞いたことがない。女独特の甘い声が勝手に下から上に這い上がってきて、こぼれ落ちていく。 腰がまた、前後に振れて、全身が硬直して弛緩する。意味がわからない。自分の意思で止められない。それなのに、男を内包する膣は水量を増して愛蜜を垂れ流し、射精を促す潤滑油として機能している。 「ゃだ…… ァッ……ぁっ、ん…ゃだぁ……ンッ……ぅー、ぅッ…ひっ…へいかぁ…止まっ…て、止まってくださ……ぃ」 恥ずかしくてたまらない。 怪我人相手に欲情して、独りよがりな快楽に浸っている事実が受け入れられない。不本意なはずなのに、無言で犯されるだけの空間に喜んで、奥を突かれる感覚が心地よくて、頭がうまく働かない。 「ゃだぁ……っ…ァッ…あ……ァッ」 恍惚とした世界に溶かされていく。 結合部を起点に与えられる快感の波に溺れて、息のしかたがわからなくなる。 「ンッ……ん…ふ…ぅ……んん゛」 アザミはジンの肌に額が触れるほど上半身を低く倒し、腰を掴むジンの腕に爪を立てて、激しく痙攣する腰の収まりに耐えるしかなかった。 それしか出来なかった。 それ以外に、嵐が過ぎる方法を知らなかった。大きく口を開けているのに、はくはくと声にならない音が散って、閉じた唇からヨダレが糸を垂らしていく。 「………ん…ぅッ…ぁ……」 くたりと、上半身を倒れ込ませたアザミと同時にそれは熱く放出され、すべてを注ぎ尽くそうと勢いよく内部を満たしていく。 客をとる姐さんたちは、毎晩こんなに激しい夜を営んでいるのかと思うと尊敬でしかない。自分はもう二度とゴメンだと思うくらいには、アザミは浅く繰り返す息をジンの肌に重ねていた。 「はぁ……はぁ……はぁ」 妙に心地いい。 二人の温もりが解け合ったみたいに、ジンの胸から聞こえてくる心音が心地いい。 頬を肌にくっつけて、静かに激しく脈打つそれをアザミはじっと聞いていた。 「………ッ、ぅ」 どれくらいそうしていたのか。 アザミが息を整えて、ようやく体勢を起こそうとしたとき、ふいに左手首の模様が痛んだ気がした。目を向けて見ると、ぼんやりと光を帯びて暗闇に浮かび上がっている。 「な………に?」 いったい何事かと理解するまでもなく、アザミは膨張していく光に包まれる。 ジンと共に柔らかな光に包まれて、そして光は闇に霧散するようにして消えていった。 目を強く閉じて、開ける。 室内は光る前と後で何も変わっていない。 そう思えるほどの静寂と温もりが、先ほどと変わらない位置に存在している。 「………っ…ぅ」 いや、変わったことはひとつある。 それも特別大きく、信じられないことだった。 「陛下?」 上半身を斜めに分断しようとしていた傷がない。激しく交わりを行ったことでズレた布の下、肌の表面にあったはずの傷跡が、キレイさっぱりなくなっている。 触ってみても傷一つない。裸体で重なっているアザミにはわかる。 理解できないのは、アザミより当の本人だろう。 深い眠りというより、泥酔から覚めるみたいに頭をふって起き上がり、顔をしかめた様子でアザミの腰を撫でる。現状を理解できていないにちがいない。その証拠に、上体を起こしたジンは、自分のイチモツがなぜか全裸の女の膣に入っていることを認識して、およそ人らしくない形相を浮かべていた。 「…………うわぁぁあっ」 「きゃあっ」 突き飛ばすなんてあんまりだと、アザミは地面に転がり落ちた体を擦りながらジンを見上げる。そして、口をつぐんだ。 「…………」 月光に照らされた金色の長髪がなびいて、冷たい光のない瞳で見下ろされる圧力が、先ほどまで瀕死だった怪我人と同一人物とは思えない。これが二つに分かれた帝国を束ねる統王かと、納得できるほどの迫力が、そこにある。 殺されるのではないか。 本能が警鐘を鳴らす。緊迫感が室内に張りつめて、アザミは勝手に平伏していた。 「………っ」 バサッと羽織の音がして、次にアザミの身体にかけられる。思わず顔をあげそうになったが、相手は統王。アザミは床だけを見つめる姿勢で固まっていた。 「顔をあげよ」 それが命令だと言うことをこの世界に住む誰もが知っている。アザミも、もちろん知っている。それでも顔をあげないのは、一回目で顔をあげることが禁止所作だということを知っているから。 仮にも花魁。この花街を訪れる傲慢な金持ちたちをアザミも同じ言葉で招いてきた。 「許す。顔をあげよ」 面倒だと思っているのが態度でわかる。自分があげろと命じているのだから、一度で顔をあげればいいのにと、内心そう思っているのだろう。アザミもその気持ちがわかると思いながら、ゆっくりと顔をあげていった。 「…………そなた」 驚いたときに目を見開くのは、王でも民でも変わらないのだなと、なぜかそんな感想を抱く。 「花魁か」 その声が失望の音を発している。暗闇に窓から差し込む月光を背にした男の顔はよく見えないが、これは先ほどまでの行為とはちがい、想像と大差ない表情をしているにちがいない。 「わたしに何があった」 これは質問だろうか。 それとも自問だろうか。 アザミは目を伏せて、解答するべきか否かを迷う。 「答えよ」そう命じてくれれば、答えてやらないこともない。それが相手の望む答えかは知らない。アザミにも詳細はわからない。 ただ、乱れた髪、事後の寝台、全裸の女と男だけの密室空間という事情を悟れば、答えるまでもないかと息がこぼれ落ちる。 「……今夜のことは忘れよ」 驚いて目をむけたアザミの瞳に、支度を整える美しい王が告げてくる。 アザミが脱がせた血だらけの服を拾うときはさすがに戸惑ったようだが、自分の身体に傷ひとつついていないのだから疑問ばかりが浮かぶだろう。 知ったことかとアザミは口を開いた。 「わかりんした」 今夜のことは忘れる。 お互いにそうでありたい。 無言で見つめ合う時間にそれを願う。 やがて、見つめ合う時間を切り裂くようにジンは身支度を完成させると、「アベニ」と呟いた。瞬間、室内に大きな炎が灯り、中から人が現れる。 火の玉でも火事でもない。 これは、人がひとり通れる程度の道の穴。 そこから現れたのは端正な顔立ちをした赤い長髪の男。 「あれ、ここって黄宝館じゃ」 「アベニ、湯を沸かしてやれ」 「………は?」 「わたしは帰る」 そう言い残して、王はアベニと呼ばれた人物と入れ替わるように炎の向こうへ去っていく。 「…………なにごと?」 こっちが聞きたいと、アザミはジンの替わりに取り残された赤い髪の男へと「ふんっ」と鼻を鳴らした。
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