肆書:邪獣襲来

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06:些細な悩み事 「それで、悩み事は?」 「あ……えっと、どうやったらずっと若々しくて……その、大人っぽい色気が出るかなって」 餌付けしながら尋ねてきたコウラに、アザミはぼそぼそと答えていた。つい、言葉遣いを緩めてしまったのは、イルハがじっと観察してくるせいだと言いたい。イルハは妓女特有の言葉遣いを嫌う。コウラは言葉遣いなんて気にしないことを知っている。 だからこそ素直に、先ほどの気持ちを吐露していた。 「やっぱり、胸は大きい方が好き?」 見上げた二人の顔は、双方「は?」と心底意味がわからないといった顔をしている。 それが余計に、心情を語る恥ずかしさに拍車をかける気がして、アザミはパッとうつむいた。 「イルハにおばさんって思われたくないし、コウラ様には子どもっぽく思われたくない」 「なぜだ」 「え、なぜって、それはやっぱり花魁としていつまでも」 「そうじゃない」 最後の一口を強引に突っ込んできたコウラの顔が近い。 おかげでイルハの方にもたれかかるほど距離をつめてしまった。が、これは致し方ない。逃げ場のない圧力が黒の瞳にアザミを映す。 「イルハのことを普段からそう呼んでいるのか?」 「え……あ、はい。イルハは、イルハと呼んで……」 「俺もコウラと呼べ」 「はい?」 端正に整った顔を不機嫌にゆがめるコウラに驚きが隠せない。 最後の一口は、咀嚼もそこそこにゴキュンと音をたてて喉を通過していった。 普段から少し強引だが、統王に匹敵する四獣相手に「様」付けをしない方が不自然で、イルハが特例だとコウラも理解できるはず。いったいどうしたものかと、狼狽えながらイルハに助けを求めたところで、アザミは背中に当たるイルハが震えていることに気づいた。 「ぶっ、あははは。あの氷帝が、呼び名ごときで嫉妬かよ」 ひーひーと呼吸困難になるほど、イルハが声をあげて笑っている。 何がそんなに面白いのか、目じりに浮かんだ涙を指の端でぬぐって、子どものように笑っている。 「アザミ。呼び捨てるのはオレだけ、だろ?」 「貴様、そのような仕草が通用すると思っているのか?」 「アザミはそうでもねぇみたいだけど?」 三人の姉を持つ末っ子は、自分の顔面偏差値が最大限に生きるあざと可愛い角度を知っているものらしい。わかりやすく赤面し、「はわ」とよくわからない息を吐くアザミがそこにいた。 「アザミ」 「……んっ……ぅ、む……ぁ」 「呼び捨てると約束するまで続ける」 「待っ……コウラさ……ま」 問答無用で唇を重ねてくるコウラの勢いに流されそうになる。 鳥がついばむような軽いものから、舌を絡ませ、口内を蹂躙してくる深いものまで。こんな場所では逃げようもないと、アザミはイルハの方へと後退していく。 曇天とはいえ、太陽の光が部屋の中に差し込む時間。時々緑色をちらつかせるコウラの瞳が綺麗で、肩に流れる黒い髪に誘われて、夜を待たずに約束してしまいそうになる。 「……ぁ」 コウラに伸ばしかけていた手を直前で止めたのは、なぜか背後から胸の輪郭を指でなぞってきたイルハのせい。 「揉めばでかくなるらしいぜ。姉貴が言ってた。気になるなら毎日揉んでやろうか?」 「アザミの胸が大きかろうと小さかろうと愛しさは変わらない」 「そういう話じゃねぇだろ」 くつくつと笑うイルハは、アザミの返事も聞かずに手のひらで両胸を包んでくる。柔らかな胸の感触が楽しいのか、その手は休まることなく、服の上から胸の形を楽しんでいるようにも見えた。 「アザミ。他の男に感じるなど許さない。あまり俺を妬かせるな」 「っ……ん……ァッ、ぅ」 「オレの好きな女を好き勝手やってんのはどっちだよ」 「……ッ……ぁ」 イルハの指が服の上から胸の先端をつまんで、わかりやすくアザミの口から吐息がこぼれる。コウラはまだ約束をもらっていないと口づけをやめないし、イルハも理解できるまで続けると言わんばかりに愛撫が加速していく。 浅く繰り返す呼吸で何を告げればいいのか。 どちらにも中途半端にしか向けられない意識が、快楽だけを受け取っていく。 「撫でれば愛らしく鳴く声も、敏感に反応する神経も、十分に俺は刺激されてたまらなく誘われる。毎日揉んでほしいなら、イルハではなく俺に頼め」 「コウラよりオレがいいよな?」 密着した状態で、二人に埋もれながら覗き込まれて、理性はどこかへ追いやられる。 潤んだ瞳と浅い呼吸、赤く染まるほほ。高揚した気分のままだったのがまずかったのかもしれない。 「もっとして」その答えは、文字通り二頭のオスに拍車をかけた。 コウラに抱き上げられ、寝台に運ばれるなりイルハに服を脱がされる。脱いだ服はコウラがどこかへ追いやって、それから三人、全裸で絡まりあうのは時間の問題だった。 「……ぁ…ッ、恥ずかし…ぃ……」 雨が降り出しそうとはいえ、太陽が空にある時間の寝台は明るく、普段よりもはっきりと視界に映る世界は、あまりにも美しい。黒と白の相反する色が左右を陣取り、川の字になって寝転んだ中央で大きく開脚させられるのは、羞恥の極みだとアザミは顔を隠した。 「アザミ、顔を隠すな」 「アザミ、足貸せ」 手をコウラに奪われ、足をイルハに奪われる。コウラが手の甲に口づけを落とし、そのまま口づけを求めてくれば、イルハは自分の腰にアザミの足を持ち上げ、片足を抱え込む形で手を添えると、うなじに顔を埋めてくる。 「ッ、ふ……ぁ……ァっ、ぅ」 イルハの指先が割れ目をなぞり始めて、勝手に腰が揺れる。揺れてしまう。毎日、毎晩、彼らに可愛がられ、貪欲に求めてしまうようになった。 快楽が欲しい。絶頂を味わいたい。多幸感に包まれて、彼らの匂いに溺れたい。 そうした欲望が芽生えては、羞恥に消えて、また芽生えては、良心の呵責に潰される。 「イルハ…っ…そ、こ……触って」 「触ってるだろ」 「ちが……ぁ……コウラさ、ま……も」 「またイルハだけ呼び捨てか?」 肝心な場所には触れてくれない二人の手が、くまなく全身を愛撫していく。肌の表面をすべり、胸の輪郭、おへそのした、足の付け根、そういった部分へ加圧してくるのに、決定打になる刺激をくれない。 溢れた愛蜜が垂れて、お尻の方まで流れてしまうのがわかる。 胸の先端で乳首が痛いほどに硬くとがっていても、二人はそこを見向きもせずに通過していく。 「アザミ。俺の名前を呼べば、好きなだけ触れてやるぞ」 「アザミ、オレ以外のやつを呼んだりしねぇよな?」 耳元で囁くコウラとイルハに、もどかしさで溶けた脳は答える。正解はひとつしかないとでも言いたげに、アザミは「コウラ」と切羽詰まった声で助けを求めた。 瞬間、バチッと音がして、アザミは訳も分からず舌を出してのけぞる。 「少し強くしちまったが、まあ、アザミが悪りぃ」 下腹部に手のひらを押し付けたイルハが、電気を送ってきたらしい。それは的確にアザミの快楽を絶頂に引き上げ、一瞬にして深い反動を与えていた。 「ぁ……な、に……ァッ、ゃ……ぃ、きゅ…ぅ」 「いれてもねぇのに、すげぇ喘ぎようだな。コウラにばっか、しがみついてていいのか?」 「まっ、イリュ……ァアぁ゛ァァぁァッ」 手を添えられている。 それだけなのに、つま先まで身体が一本に伸びて絶頂している。片足がイルハに抱え込まれているせいで、無防備な性器からボタボタと大量の愛液が垂れ落ちていく。 「コウラ……やめ……ッ……触っちゃ、ゃ、ア゛」 好きなだけ触れてやると言われていたことを思い出す。 快楽の神経が感電している状況で、敏感を極めたそこに触れられるのは遠慮したい。遠慮したいのに、遠慮は無用だと当然のように、コウラの指はそこに触れる。 「……ひっ……~~~~ッ、ぅ」 突起物などなければいい。そう思ったところで、簡単に快楽を得るようになった蕾は、アザミの全身を痙攣させる。ギュッと目を閉じて耐えてみても、それは呆気なく散っていき、アザミは二人の中央で母音しか吐けない魚へと変わっていく。 次に息をするときは、いつになるのか。降り出した雨の音に声は溶けて消えていく。
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