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翌日の午後から入院することになり、歌手という事情を汲んで個室にしてもらった。
入院してすぐに、マサと高校生の弟の雄大がお見舞いに来た。
「おい、声が出なくなるってどういうことだよ」
病室に入ってくるなりツカツカと歩み寄って来たマサに、私はヘラッと笑った。後ろから顔をのぞかせた雄大に手を振りながら、笑顔を浮かべたまま質問に答える。
「そのままだよ。喉の中身を手術で全部取っちゃうんだって。声帯も」
「だから、どういう病気だって聞いてんの」
こっちは明るく話してるんだから、そんなにイライラしなくたっていいじゃん。
「原因不明の声帯が石化する病気なんだって。今は声帯が少し硬くなってるだけだけど、進行して全身が石化する前に取らないとって言われたの。ほら、最近有名なアイドルが発症したってニュース見てない?」
マサは眉をひそめて口を尖らせた。
「なんで笑ってんだよ。歌手なんだぞ。声が出なくなったら終わりだろ」
「声を出す方法はあるらしいから練習しようかなって」
「元の声には戻らないだろ!」
悲痛な叫びに、雄大がマサの肩を軽く叩いた。
「正弘くん、落ち着いて」
「落ち着いてられっか!」
雄大の手を乱暴に振り払って睨んでくるマサを、私も睨み返した。
「死にたくないから、今の声を失ってでも手術するんじゃない」
「死ぬっ……、……蘭は悲しくないのかよ、ヘラヘラ笑っちゃってさ!」
私は言い返さず、口を横に引き結んだ。景色がじわりと歪む。
ハッと息を呑んだマサは、目を伏せた。
「ごめん。頭冷やす」
そのままマサは病室を出て行った。
雄大が背中を黙って撫でてくれる。泣き声だけが病室に響いていた。
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