空に吠える

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 土曜日のショッピングモールは一層賑やかだ。  すれ違う若者は苦労して着飾った自分を時々見ながら嬌声を上げている。子供たちは遊園地を訪れたかのようにはしゃぎ、目当てのおもちゃ屋がガチャガチャのあるお店へ駆けていく。それを叱咤しながらも一週間の疲れを残した親の足取りは重い。私に子供はいないが、それでも一週間の労働の疲労が一夜寝ただけで吹き飛ぶわけではない。しかし休日も子供のために時間と体力を労する彼らに比べたら私なんかはまだましな方なのだろう。 「ねえ、どれにしようか」  はっと我に返れば、隣で恋人である京香が上映スケジュールを凝視していた。今日は彼女と映画を見に来たのだ。写真家として日本全国にとどまらず、世界へレンズを向ける彼女と会うことも久しぶりだったが、映画館に映画を見に来ることも長らくしていなかった。元来映画は好きで学生の頃は上映開始日を確認したり、休日には京香とレンタルビデオ屋でお互いの気に入った映画を借りて一日中映画を見たり、映画館で一日に二本、三本見ることも珍しくはなかった。  それがいつからか映画の上映開始日を気にしなくなった。今何が上映しているのかも分からず、たまに映画館の傍を通りかかっても気になる映画がなく、たとえあったとしても時間と金額を天秤にかけてそのまま通り過ぎてしまっていた。  社内の人に言えば「大人になった」と言うことらしいが、私は知らぬ間につまらない人間になったと思う。生まれてから暮らし続けるこの町に最早新鮮さを味わうことはない。今日でこそ京香がいたから映画館へ足を運んだが、通常なら買い物に外へ出るくらいでそれ以外は家で何をするわけでもなくスマホをいじって週末が終わる。月曜日が来れば仕事をするが、それもやりがいや目標といったものはなく、ただ漫然と生活をするためにするしかないと言った心持である。楽しいと思うことや腹の立つこともある。実際今も心臓は淀みなく動いているが、本当の心はすでに止まってしまっているのではないかとたまに考えてしまう。
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