空に吠える

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「ねえ、悠」  呼びかけられた先ではフォークにパスタを絡ませたままこちらをのぞき込む京香の姿があった。ランチに来ていた覚えはあったが、先ほど見たはずの映画の内容や目下に置かれているオムライスは記憶を探っても靄がかかったように朧気だ。「どうした」とあくまで平然と答える私に対して京香はこぶし一つ分顔を乗り出して来た。 「仕事大変?」 「まあね。でも京香に比べたら全然だよ。怒られることはあっても給料が全く無くなるわけじゃないし、食べる物にも困らない。確定申告や保険の支払いなんてものも会社がかってにやってくれるしね」 「そうなの」思い出したように項垂れた彼女はフォークから落ちかけているパスタを慌てて口に入れた。フリーランスでカメラマンをしている京香は仕事が入ればある程度の報酬を得るが、無いときはほぼゼロの時もあるらしい。大学を卒業してすぐのころは良く私の家に来てささやかな食事をふるまっていたことが懐かしく感じる。もし私が京香の立場なら日々不安で生きていくのが苦しく感じそうだ。そんな彼女が生き生きとした面持ちでスマホを取り出した。どうやら先ほどの映画の主演が私と似ているとのことだが、内容もあやふやに記憶している私が主演の顔を覚えているはずがない。 「結構似ていると思うんだけどな」と画面を見せられた私は暫しの間息をすることを忘れた。スマホの画面越しに見つめてくる青年は私の顔そのものだった。髪形など多少は異なるが、似ているという範疇を超えたものだ。しかし、ブラウンのスーツを着こなし涼し気な顔を向けるこの青年が到底自分とは思えなかった。下に表示されている『佐野誠』の名前が偽名のように思える。自分の顔なのに自分ではない。奇妙な感覚は興奮と不可解を複雑に入り混じっている。 「もしかしたら悠もオーディションに行けば芸能人になれたんじゃない?」  スマホを裏返して佐野と私の顔を交互に見比べた彼女はその後俳優として活躍する青年の話を始めた。話を聞いていくうちに佐野と私の世界が異なることを実感していく。それと同時に京香の言った芸能界という世界がほんの少しだけうらやましく感じた。二十八年生きてきて芸能人になりたいと思ったことはないが、煌びやかな人生を送っているのかと思えば今の人生がより滑稽に感じる。同じ顔なのにどうしてこうも異なってしまったのだろう。私は京香が話している間、苦笑を浮かべるよりほかなかった。
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