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それ以降、私は佐野誠を注視するようになった。
今までどうして気づかなかったのかと言うほど、佐野は毎日のようにメディアに現れていた。映画やドラマはもちろん、雑誌や広告、SNSにもよく上がってくる。街頭の電光掲示板に佐野が映ろうものなら女子高生やOLたちが嬌声を上げてスマホでその姿を収めようと奮闘している。
しかしその一方で、誹謗中傷も飛び交っていた。演技が下手、協調性がない等々。たまに週刊誌では人気女優とのデート写真が切り抜かれ、相手のファンから心無いコメントが佐野のSNSの投稿に溢れていた。彼が一言発し、何か行動を起こせばそういった玉石混交な意見や推測が飛び交う。
初めは羨ましいと思っていた私も、次第に佐野が不憫に思えてきた。確かに表現者として佐野自身は商品とみなされ、スポンサーの中にはそういった目で彼を起用する者もいるだろう。しかし、どれだけ輝いている芸能人でも一人の人間であり、私同様生活しているのである。罵詈雑言を見知らぬ人間に浴びせられたら腹が立つし、仕事とは無関係のプライベートまで詮索されては堪ったものではない。しかし、『芸能人』という肩書だけでそれらの壁は容易に崩される。もちろん画面上に映る佐野の顔から苛立ちは微塵も垣間見えないが、心情が如何なものか。外見が瓜二つなのに心の中まで通い合えないのが苦しく感じできた。
いつだっただろうか。佐野が突如メディアから姿を消した。移り変わりの激しい芸能界だが佐野に似た雰囲気の若手が出れば人々の関心はそちらへ流れ、佐野は死んだ者のように世間の話題からフェードアウトした。日々は流れる。嬌声を上げていた女子高生も、匿名で非難していた人も生きている。おそらく佐野は生きているのだろうが、この世から佐野誠という俳優がぽっかりと過去においていかれてしまったのだ。
かくいう私も特に変化のない生活を送っている。京香はまた海外へ仕事で赴き連絡は着かない。仕事中はスマホの電源を切っているらしい。
昼食をとるためにビルから出た私は空を仰ぎ見た。ぎらりと照りつく日光を、彼女もどこかの空のもとで眺めているのかもしれない。
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