空に吠える

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 東京は動く都市だ。  タクシーに乗っているとき、打ち合わせのビルからやカフェの窓外、見渡す景色すべてが止めどなく動いている。救急車がけたたましくサイレンを鳴らして走り去っていく。スーツ姿や学生服、キャリーバッグを引いた観光客が四方から人をすり抜けて目的地へと向かう。電車は蛇のように入り乱れて進み、頭上では雲が流れていく。  川と空気が淀んでいる。初めて東京に降り立った時、川を初めて見た時の衝撃が微かに残っている。ダクトから吐き出される生温かい風に吹かれて汚物と人の匂いが私の鼻を強く刺激した。川も同様で底は見えず、ごみが浮いているのが当然らしい。日本の中心である東京の姿に当時の私は驚き臆した。ここで生活できる自信がなく、すぐにでも実家のある東北へ帰ろうかとも思った。  そんな初々しいころを思い出したのは、上京して十年目のころだった。  初めは戸惑っていた電車も使わなくなり、専らタクシーでの移動が主になった私は仕事場へ向かっていた。赤信号で止まる間、車の間際まで寄ってきて横断する人々をなんとなく眺める。忙しなく走りゆく人たちの考えている気持ちは私には理解できない。十代のころにオーディションで芸能の世界に入って以来、私の世界は一変した。戦隊シリーズに抜擢されたのちにドラマ、映画の出演を重ねた。主演にもさせてもらったし連続テレビ小説に出た際は街で声かけられることがどっと増えた。三年前にはカナダでアクター賞の授賞式にも参加した。これが世間一般の私だろう。
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