202X年(改)

1/1
前へ
/5ページ
次へ

202X年(改)

 間もなく兄は第二志望に合格する、自転車圏内の市立中高一貫校だ。  これで登校拒否は回避された。  雨の日の公園で私が水溜まりの前に立つと、中からは頬が白く嘴の赤い文鳥が飛び出してきた。一度目を瞑り、目を開ける。  変わらぬ雨上がりの公園が視界に入った、しかし水溜まりがない。  私の身体もアラフォーに戻っていて、帰路に着いた。  携帯が鳴り液晶に延江の文字。母が生きている?  まぁ年齢として七十前後、全然生きていておかしくないわけだが。 「お兄ちゃんと、お父さんは」  受話越しに質問した、今度はどんな世界線だろう。  兄に良いことをしたのだから、きっと幸せな世界。 『何言ってんの、女手ひとつで育ててあげた恩義は忘れたの』  父は私の生まれた日に病院へ向かう途中、交通事故で死んでいた。  私も結婚していない、こんな年だし可愛い子供にももう会えない。  違うんだって、母のいない世界から来たの。  元のところに戻らなきゃ駄目でしょう?  左右は元に戻ったが、正直そんなのどっちだっていい。  捨てたはずの実家に私は長年住んでいて、一度も地元を出ていないと聞く。  かつて兄が死んだ(ここでは存命、結婚し子宝にも恵まれている)家にいる。  雨上がり、私は例の公園へ足を運んだ。  水溜まりの前に立つも、一向に鳥は飛び出してこない。  鳩でも燕でも烏でも、なんでもいいから出てきてよ。  そのまま時が経過する。  その後も複数回、雨が上がるたび試みたが私はリープしない。  夫をSNS検索してみたら、他の女性と結婚していた。  夫によく似た子供たちの写真もアップされていて、私はそのふたりをよく知っている。  運動神経抜群でよく喋る長女と、おっとり乙女趣味の次女。名前まで同じ。  逆子だった長女と帝王切開だった次女が、別の腹から生まれていた。  その子たちを産んだのは私なのに、この世界では兄が地元を出て、私が家のお荷物になっている。逆さまだよ?  あの時兄を呪わず、手を取り合い生きる道を望んでいたら。  逆さまの世界には訪れなかったのかな。  そんな世界に訪れなくても、兄と父と正面から向き合い解決していたら。  あの時は幼くて無理でも、大人の私なら施設に入れたり就業を促したり、何か行政を頼り前に進めたはずだ。  嫌い、消えてと願い、現実から目を逸らし続けた。  臭いものに蓋をするように、部屋に押し込め出ることを拒む。  人を呪わば穴ふたつ。  私は雨上がりにのみ開かれる逆さま世界への扉を使い、そして戻れなくなった。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加