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202X年(改)
間もなく兄は第二志望に合格する、自転車圏内の市立中高一貫校だ。
これで登校拒否は回避された。
雨の日の公園で私が水溜まりの前に立つと、中からは頬が白く嘴の赤い文鳥が飛び出してきた。一度目を瞑り、目を開ける。
変わらぬ雨上がりの公園が視界に入った、しかし水溜まりがない。
私の身体もアラフォーに戻っていて、帰路に着いた。
携帯が鳴り液晶に延江の文字。母が生きている?
まぁ年齢として七十前後、全然生きていておかしくないわけだが。
「お兄ちゃんと、お父さんは」
受話越しに質問した、今度はどんな世界線だろう。
兄に良いことをしたのだから、きっと幸せな世界。
『何言ってんの、女手ひとつで育ててあげた恩義は忘れたの』
父は私の生まれた日に病院へ向かう途中、交通事故で死んでいた。
私も結婚していない、こんな年だし可愛い子供にももう会えない。
違うんだって、母のいない世界から来たの。
元のところに戻らなきゃ駄目でしょう?
左右は元に戻ったが、正直そんなのどっちだっていい。
捨てたはずの実家に私は長年住んでいて、一度も地元を出ていないと聞く。
かつて兄が死んだ(ここでは存命、結婚し子宝にも恵まれている)家にいる。
雨上がり、私は例の公園へ足を運んだ。
水溜まりの前に立つも、一向に鳥は飛び出してこない。
鳩でも燕でも烏でも、なんでもいいから出てきてよ。
そのまま時が経過する。
その後も複数回、雨が上がるたび試みたが私はリープしない。
夫をSNS検索してみたら、他の女性と結婚していた。
夫によく似た子供たちの写真もアップされていて、私はそのふたりをよく知っている。
運動神経抜群でよく喋る長女と、おっとり乙女趣味の次女。名前まで同じ。
逆子だった長女と帝王切開だった次女が、別の腹から生まれていた。
その子たちを産んだのは私なのに、この世界では兄が地元を出て、私が家のお荷物になっている。逆さまだよ?
あの時兄を呪わず、手を取り合い生きる道を望んでいたら。
逆さまの世界には訪れなかったのかな。
そんな世界に訪れなくても、兄と父と正面から向き合い解決していたら。
あの時は幼くて無理でも、大人の私なら施設に入れたり就業を促したり、何か行政を頼り前に進めたはずだ。
嫌い、消えてと願い、現実から目を逸らし続けた。
臭いものに蓋をするように、部屋に押し込め出ることを拒む。
人を呪わば穴ふたつ。
私は雨上がりにのみ開かれる逆さま世界への扉を使い、そして戻れなくなった。
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