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婚礼の日
神父様は涙を流しながら何度も私に謝られた。
修道女たちは憐憫の目を向けながら祈ってくださった。
こんなにも祝福されない婚姻があるだろうか。夫になる男から送られた薔薇の刺繍があしらわれた黒地のドレスは私を縛りつける茨で、顔を覆うレースのベールは昨日の私と今日の私を隔てるとばりだ。
誓いの言葉を口にして簡素な式を終えると別れを惜しむ間もなく馬車に押し込まれ、何年も世話になった教会を後にして冷たい顔のまま無言で隣に腰かけている男の城へ。誰かが助けてくれるなんておとぎ話が現実になることもなく、ただぼんやりと過ぎ行く景色を眺めているうちに荘厳な城壁の前に辿り着いた。
息が詰まるほどに豪奢な部屋に案内され、私の侍女になるらしい女性は気を遣ってくれたのかすぐに部屋から出て行ってくれた。
――ようやく一人だ。細く長く、肺の中の空気を全て吐き出す。
考えたことすらないような婚約の申し出だった。軍を従える貴族、その上教会に多額の寄付をしてくれていた方からとなれば、拒否権などあってないようなもので。神父様が最後まで私を守ろうとしてくれてはいたが、きっとこれが運命なのだと私の方が先に折れてしまった。
婚約したのはつい一週間前だということが自分でも信じられない。夢ではないかと何度も頬をつねったが、変わらぬ痛みがこれは現実なのだと主張していた。一週間あればこんなにも目まぐるしく世界は変わっていくものらしい。
触り心地の好いソファに座り、強ばった身体の力を抜く。
伯爵夫人。しっくりこないその身分にふさわしい指輪が左手の薬指に巻きついている。誰とも交際もしないうちに夫ができてしまったのだと主張するそれを見ていると、なんともいえない虚しさが胸に吹き込んだ。心惹かれる人と結ばれる道は閉ざされた。
これからずっと、この監獄のような城で人形のように生きていくのだ。あの男、エリック・シャロン伯爵の妻として。
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