夫になる男

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 ――――見慣れぬ天蓋の中で目を覚ました。  寝ぼけ眼ベールに囲まれた大きなベッドを見渡し、自分がどこにいるのかを思い出す。伯爵の城だ。緻密な刺繍の入ったベールをかき分けて足を出すと、少し離れたテーブルの傍に誰かが立っていることに気がついた。 「お目覚めですか、クロエ様」  柔らかく光を反射するキャメルの髪を後ろで束ね、ロングスカートの制服をぴっしりと着こなした長身の侍女だ。見られているこちらも姿勢を正したくなるほど真っ直ぐな視線を放つ翠眼が美しく、薄らとシワが刻まれた顔からは気高さが感じられる。確か、アレクシアと名乗っていた。 「ちゃんとお休みいただけましたでしょうか。よろしければ朝食前にハーブティーはいかがです? 頭がスッキリしますよ」  柔らかく微笑んだ彼女は私の肩にローブをかけ、そっと足をとってルームシューズを履かせてくれる。 「アレクシア様、私、自分で履けますから……」  まるで子どものような扱いに気恥しさを感じながら掠れた声で制した。せっかくしてくれていることを止めるのは気が引けるが、無駄な手間をかけさせるわけにもいかない。 「そのようなことを言われては私は仕事をなくしてしまいますわ」 「あっ……! それは、ええと……」 「それに私は貴方様の侍女なのですから、どうぞアレクシアとお呼びください」  こちらを見上げて彼女は私の手を安心させるかのように握り込む。温かくて滑らかな肌の感触に心がふっと軽くなるのを感じた。母とはこういう存在なのだろうか。教会で孤児たちの手を同じように握ったことはあるが、彼女のような温もりを与えることは私にはできていなかったと思う。 「……ア、アレクシア、……さん」 「ふふ、呼びたいようにお呼びください」  人の名前を呼び捨てにするのはどうしても抵抗があって結局付け加えてしまったが、アレクシアさんは許してくれた。ふんわりと石鹸の爽やかな香りが鼻をくすぐる。  彼女は人に体を委ねることに慣れていない私の緊張を解くように話しかけながら身支度を進めて行った。下着しか身につけていない姿を他人に見られるのは少し恥ずかしくもあったが、私に似合うドレスを選ぶのに躍起になっている彼女を見て笑ってしまった。
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