8.最後の世

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8.最後の世

 まさか最後は、こけしにされるとは思いもしませんでした。  しかし、ある意味納得もしています。  もともとなんの徳も積んでいないただの仔猫が、突然二度も人間に生まれ変わったのです。最後は人間道はもちろん畜生道に戻るのも無理だったのでしょう。  時代は令和。  あなたの生まれ変わりは、幼い男の子。名前は静也といいました。  あなたが小学生になると、両親は離婚。  父親の家を出て、母親と二人で暮らすアパートには、すぐに人相の悪い男が出入りするようになりました。  母親を働かせ、父親からの養育費にも手をつけ、朝から酒を呑んでいるどうしようもない男でした。  私はいよいよその時が来たことを知り、焦りました。  だって、私はこけし。何かあっても、あなたを助けられないからです。  ある晩、まだ母親が帰らず二人きりのとき、男が幼いあなたにいちゃもんをつけ、折檻(せっかん)を始めました。  そういうことは時々ありましたが、その日は男の様子が尋常ではなく、妖魔が入り込んでいるのは一目瞭然でした。  男は私の目の前で、大切なあなたに馬乗りになり、殴りつけます。 「〇△◆#×□●▼◇▲」  突然叫び、下卑た笑いを浮かべると、あなたの服を破いて裸にしようとしたのです。 「動け! 今動かなければ!」  私は箪笥の上で男の背中を見下ろしながら、なんとか身体を動かそうとしますが、木偶(でく)の私には簡単なことではありません。 「助けて! 母さん! 助けて! マーヤ!」  突然、あなたは私の名前を叫びました。マーヤは昔、あなたが猫の私につけてくれた名前です。  私は喜びと男への怒りで発奮し、『動け!』と心の中で強く念じました。    すると、アパート全体が揺れ、そのせいなのか、私自身が動いたからなのか定かではありませんが、私は箪笥の上から男の頭上へと落ちていきました。  男はその一撃で絶命しました。  警察の捜査で男からあなたへの虐待が発覚。男の死は地震でこけしが落ちた事故と判断されました。  あなたは父親の元に引き取られ、私も一緒に元の家に戻りました。  なぜ記憶がないあなたが私の名を呼んだのか、それは今でもわかりません。 「三回の生まれ変わりは終わったな。どうだ、一緒に来るか」    新しい生活が落ち着いたある夜、異教の神が久しぶりに顔を見せました。 「できれば、このままこの子のそばにいたいです」  私は願いました。 「そうか。しかし役目を終えたお前は、だんだんこけしに同化して、ただの木偶になってしまうぞ」 「それでも構いません」 「それなら仕方ない」  異教の神は去りました。  私はこけし。  昔の記憶はだんだん薄れてきています。  けれども、私はあなたの幸せを祈り続けましょう。
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