9.ふたたび

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9.ふたたび

 こけしに同化したはずの私は、目覚めれば粗末な木のベッドの上にいました。 「えっ……」  私は驚いてベッドから下りると、裸足で窓際の棚まで歩き、そこに置かれた鏡に顔を映しました。  そこには密林で生まれ、国王のために命を落としたはずのマヤの姿がありました。  何かの気配に振り向くと、あの異国の神がいました。 「これはいったいどういうことですか?」  私は神に食ってかかりました。 「ふふん。忘れたか? お前との取引は、三回目が終わったら私の国に来るというものだった。お前がこけしに同化して最後の世が終わったので、連れてきたのだ」 「そんな……」  私は絶望しました。  静也の近くにいられるなら、こけしに同化したままでいいと思っていたからです。 「なあに、一度は暮らしたこの国だ。すぐに慣れるさ。もうお前の前に妖魔は現れない」  そう言うと、異国の神はいたずらっ子のような笑みを浮かべました。 「もう誰かを守ることなど考えず、人として女としての幸せを味わい生きるがよかろう」  そう言うと、異国の神の姿は消えてしまいました。 「ねえ、シティ、シティや、起きてるかい?」  部屋の外から、見知らぬ女性の声がしました。  私は身支度を急いで済ませると、部屋を出ていきました。  それから少しの時間でいろいろわかりました。  私はこの見知らぬ村に行き倒れていて、それをこの家に独りで住む中年女性によって助けられたということでした。私は瀕死の重傷で記憶も失い、この方が何日も看病して助けてくれたのです。  自分の名前も憶えていないので、女性という意味のシティと呼ばれていて、私はこの方を母さんと呼んでいました。  村のことは何もわかりませんでしたが、言葉も生活習慣も前前世の時に経験していたので、すぐにここでの暮らしに慣れることができました。 「シティや、こちらに来て手伝っておくれ」  ある日、私が水汲みから戻ると、母に呼ばれました。 「はい、母さん」  台所に私が入ると、母は大量の小麦粉をテーブルに運んでいるところでした。 「今日は国王様の虎狩りがあるそうだ。お供の方達のロティを焼くように頼まれた。手伝っておくれ」 「は、はい」  私は母の手伝いを始めました。  国王の虎狩り──。  国王とは静かな虎、あの方なのでしょうか?  私はいたずらっ子のように微笑んだ異教の神を思い出し、胸をときめかせました。  しかし……。  もし、国王があの方だとしても、ただの村娘の私に気付いてくださるのでしょうか?   国王の食事は王宮から料理人を連れてこられるので、私達が提供するのはお供の方達への食事だけです。近くでお目にかかれるチャンスなどないでしょう。  それに、今回は弓矢の用意もありません。  それでも母の手伝いを終えた私は精一杯身綺麗にして、国王一行が村に到着されるのを待っていました。
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