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10.虎狩り
密林の中、護衛の乗った馬を先頭にして国王一行が村へやって来ました。
白馬に乗った国王はやはりあのお方でした。
そして馬とは別に一つだけ、とても美しい絹のカーテンで閉じられた輿が運ばれてきました。
私はほかの村人達と遠くで眺めていましたが、村人の中には、「あれが噂のお后様が乗る輿だろうか」と噂をする者がいました。
弟君のクーデターによる暗殺未遂事件に巻き込まれながらも生き永らえた国王は、重臣達はもちろん国民からもお世継ぎを望まれ、ついに後宮にお住まいの愛妾の中からお后を選ばれたと噂が流れているようでした。
(それはあのお方かしら? それともあのお方?)
前前世で共に後宮に暮らした愛妾達の顔を思い浮かべ、私は初めて彼女達に狂おしい程の嫉妬を感じていました。
ところが──。
輿のカーテンが開けられるとそこから下り立ったのは、私がまだ仔猫で静流と旅していた時に出会った呪術師の蓮々その人でした。
どういう運命なのでしょうか? 私達はまた今世で出会ってしまったのです。
美しい絹のトゥドゥンを付けた彼女が、あの方のお后に……?
静流と蓮々の強い結びつきを思えば、悲しいけれど納得するものがありました。
「さあ、お昼まであと少し。残りを焼いてしまいましょう」
私は母にそう促され、悲しい気持ちを隠して竈でロティを焼く仕事に戻りました。
竈の熱で折角の化粧が落ちてしまいましたが、なんとかお供の方のロティを焼き終わった頃には午前の狩りが終わり、国王一行が村に戻っていらっしゃいました。
村の中央の広場に天幕がいくつか張られ、特に大きな天幕の中に国王は蓮々と共に入られました。
私達もお供の方々へのお昼を提供し、ほっと一息ついた時のことでした。
村の外、東の密林の方で、「グゴォ──!」という地鳴りとも咆哮とも思える音が響きました。私は驚いて村の中央へ急ぎました。
村の広場では既に天幕から護衛が出てきていて、その後ろには国王の姿も見えました。
村の東側では大勢の人々が混乱の中、叫び、逃げ回る声がしました。
どうやら、重臣のお一人が仕留め損ねた虎がいて、手負いとなった虎が暴れ狂って村に入ってきたようです。
ついに広場に現れた虎の背中には、一本の矢が刺さっていました。
苦しくパニックに陥った虎はお構いなしに周りの天幕を壊し、その鋭い鉤爪で人を襲って暴れ回っています。
国王は覚悟を決められたかのように、大きな剣を持って護衛と共に立ち向かいます。
「いけない!」
思わず私は叫び、天幕に近寄りました。皆、虎の方に集中していて、私に気付いた者はおりません。
「これをお使いなさい」
声をかけられた方を見ると、蓮々が一振りの剣、あのジパングの剣を私の方に差し出していました。
「さあ、これであの方をお助けなさい」
私は肯いてそれを受け取ると、鞘から剣を引き抜きました。
あとで知ったのですが、前前世で妖魔を切ったこの剣を、国王は私の形見としてずっと大切に手入してくださっていたのです。
虎は護衛とあの方に向かって突進してきました。
恐怖のため棒立ちになった護衛達の前に私は進み出ると、日本の剣術の構えで虎を迎え撃ちました。
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