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11.美しき黒豹
一瞬のうちにその場は静まりました。
私の前には、首をはねられた虎の死骸が転がっていました。
「マヤ!」
後ろから呼びかけられました。
「私のマヤ! 生きていたのか」
答える間もなく、私はあの方に抱きしめられました。大好きな、あの方の匂いに包まれて……。
「陛下。お約束通り、マヤ様を見つけましたよ。さあ、それではお約束のご褒美を頂きましょうか」
恭しくも図々しいことを言う蓮々。
国王は供が差し出した黄金の入った巾着袋を手に取ると、片手で私を抱いたままそれを蓮々に授けました。
「それでは私はここでお暇して、次の旅へ出ることにいたしましょう」
蓮々、いえ現世ではその名をテラタイと言う彼女は、その呪術の力で私が生きていることを突き止め、国王の虎狩りにかこつけて村々を探し回っていたというのです。
「どうぞ、末永くお幸せに」
そう言うと、テラタイはお供を連れて村を去っていきました。
「マヤ、今までどこへ行っていたのだ」
天幕の中で二人きりになると、あの方は私に問いました。
「あのクーデターで負傷した私は、記憶を失いこの村に流れ着いたようです。ですがあなた様をお見かけして、すべての記憶が戻りました」
私はそう説明しました。
「これからはもう決してそなたを離さない。どうか私の后になってほしい」
腕の中で強く私を抱きしめながら、あの方はそう言いました。
そして、私のために用意してくれたと言う、美しいトルコ石と銀細工の首輪を私に付けてくれました。
それは昔、仔猫の私が静流に付けてもらった首輪を思い起こさせました、
「嬉しい……。けれどもその昔、私があなたの飼う猫だったとしてもそう言ってくださいますか?」
私はそう問わずにはいられませんでした。
だって、私の魂はやはり猫だと思うからです。
「猫か……」
国王は笑いました。
「私は昔から時々夢を見ていた」
彼はとても優しい目で語り始めました。
「あれは雪というのだろうか、この国にはない真っ白く冷たいものが積もる中を、一人孤独に旅を続ける夢だ。しかし、ある時から胸元に仔猫を抱いて歩くようになった。それが温かくて愛おしくて、私は孤独ではないと思う夢だ」
私はその腕の中で驚いて、彼を見上げました。
それは私達の最初の出会いの夢だったのです。
「お前が猫というのなら、あれがお前なのだろう。それだけ私とお前は強い縁で結ばれているということだ」
そう言うと、国王は私を抱き上げてデイベッドの方へ運びます。
私の衣類に手を掛けるあの方を、私は押し留めます。
「まだ午後の狩りが……」
「午後は虎狩りは止めだ。美しい黒豹を狩ることにしよう」
そう言うと、あの方の唇は優しく焦らすように私の唇を塞いだのでした──。
<了>
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