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1.スルタンの寵姫
遠く海を隔てた熱帯の国。
若き国王は、長く続いた戦を政治的手法で終わらせ、善政を行って『静かな虎』と呼ばれ国民に敬われ慕われていた。
その国王が密林に虎狩りに出向いた際、弓矢で虎を射止める美しい村娘を見初め、後宮に連れ帰った。
娘の名前をマヤと言った。
漆黒の黒髪、瞳は黒曜石のように輝き、この辺りの女のような褐色の肌ではなく、透き通るような白い肌を持っていた。
娘は華美なものには興味がない変わった性格だった。
後宮にいるほかの愛妾達のように、シルクのドレスや輝く宝石、美しい刺繍が施された被りものなどを贈ってもまったく喜びはしなかった。
一方で彼女は武術を好んだ。国王が後宮の護衛達と鍛錬するのを見ることを望み、時には自らも加わった。
弓矢の腕は護衛隊長を負かすこともあり、馬術は国王にさえ引けを取らなかった。
国王が辺境の地の荒ぶる者達を鎮めるために遠征する際は、同行すると言ってきかなかった。それなら輿でと国王が用意してやると断固として拒否し、馬に乗って追従した。
やがてマヤは国王の寵姫として、なくてはならない存在になった。
彼女は戦場では熱い女で、国王を守るために命を賭す覚悟であるようだったが、後宮では実にクールな女だった。
彼女を妬かせようと国王が他の妾を寝所に呼んでも、まったく意に介さない様子だった。
国王は彼女の気を惹こうとさまざまな珍しい品を国内外から取り寄せたが、その反応はいま一つだった。
しかしある時、極東を旅して珍品を集めている商人が国王とマヤの前に、ある一振りの剣を差し出すと、彼女の目の色が変わった。
「こちらは遥か東の島、黄金の国より伝わりました刀剣でございます」
商人は説明する。
剣は切れ味鋭く、それなりの品であるのはわかったが、柄も鞘も質素で刺繍もなく、鍔には金や銀も使われていない。見るからに実用的な剣だった。
「陛下。どうか私にこれをお与えください」
意外なことに彼女が目を輝かせて喜びねだったので、国王はそれをマヤに与えた。
その翌日からマヤは毎朝、後宮の庭でその剣を使い素振りを始めた。
やがて見守っていた護衛達の間で、姫の構えはその国の剣の構えとは違うと評判になった。
物珍しさに護衛達に混ざって国王も眺めてみたが、剣を真正面に向けて構える不思議な型だったという。
やがてマヤは“後宮の黒豹”と呼ばれるようになった。
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