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3話
ルベリオとルークスが17 歳の冬のことだった。
春から2人が高等部に入るということもあって屋敷はすこし浮足立っていて、両親の当たりもいつもより優しく感じた。
そんなある日の夕食後、兄に部屋に誘われた。
いつもは他の家の子息たちと外で遊びまわっている兄にしては珍しいと首をかしげながらも誘いに乗ったのだ。
「料理長にお菓子をもらったんだ」
「僕も食べていいの?」
「もちろんだよ、ルークス!」
本当にただの気まぐれだったようで兄と2人たわいもない話をした。
ルベリオは大人にも子供にも好かれるだけあって話がうまい。
他の家の兄弟よりもつながりは薄いだろうが決してルークスは兄のことが嫌いではなかった。
うんうんと相槌をうちながら、ふと紅茶の水面に目線を落とした。
紅茶を飲むか飲むまいかとわずかに逡巡したあと、数秒もたたずに顔を上げたのだ。
だが。
「兄上…?」
そのわずかな間に、兄は忽然と姿を消していた。
ルークスは慌てて席を立ち部屋中を探し回った。
17歳の男子ということもあってそこそこ体の大きな兄が身を隠せそうな場所など限られている。
あっという間に部屋の中は探し終わったが、ルベリオの気配すらなかった。
ルークスは混乱しながら、荒い動作で部屋の扉を開けた。
「ルークス様、どうしました?」
廊下に顔を出したルークスに怪訝そうに声をかけたのは、タイミングよく洗濯物を運んできたルベリオ付きの侍女だった。
「兄上がいなくなって…」
彼女は、ルークスの答えを聞くと顔色を変えた。
半ば突き飛ばすようにルークスを押しのけ部屋に入ると、主のいないそこに呆然として血相を変えて走っていった。
当然のように兄の失踪はルークスのせいにされた。
父の高圧的な怒鳴り声にも母のヒステリックな尋問にもただ泣くことしかできず、翌日からルークスは自室に軟禁されることになったのだった。
最初の数ヶ月は、両親も愛息子はひょっこり見つかるものだとどこかで思っていた。金を惜しまず様々な手で捜索していたし、胸の奥ではルークスに不思議な力が使えるなどとは本気で思っていなかったからだ。
なので不安や不満を晴らしに部屋を訪れては、ルークスのことを罵った。
「ルベリオを返しなさいよ!!」
「知らないんです、母上。本当に...」
「やめてッ!お前に母などと呼ばれたくないわ!」
「...ごめんなさい。......ッ!!」
クロードは拳で、アリアは扇子や手近な物で、ルークスを折檻することが多々あった。
今日もアリアが扇子を握りしめた右腕を振り上げる。
ルークスは思わず目を閉じて両手で頭を庇った。
「ごめんなさい、ごめんなさい...ごめんなさい...」
反抗する術を知らないルークスは、何に対してかも分からぬまま謝罪の言葉を繰り返す。
しかし、そんな混沌とした部屋に闖入者があった。
「奥様、おやめください」
「ルア!?」
使用人の制服に身を包んだ美丈夫は、うずくまるルークスをじっと見つめ
「遅くなって申し訳ありません」
と柔らかく声をかけた。
ルアはルークスにつけられた唯一の使用人である。
『ルークス様の使用人にしてくれ』と屋敷に乗り込んできたその過去含め、出自、家族構成、年齢、すべてが謎に包まれた男だ。
その怪しさを帳消しにするほどの神秘的ですらある美貌の持ち主で態度も至って真面目だが、この屋敷では鼻つまみ者である。
なぜなら、忌避される存在であるルークスを慈しみ、忠誠を誓っているから。
「なんなのお前は!下がっていなさい!…いたっ!!」
そんなルアは、雇い主であるはずのクロードやアリアにも躊躇なく歯向かう。
振りかぶったアリアの右腕を掴み、ぎりぎりと力を込めているルアをみとめ、ルークスは慌てて声をあげた。
「ルア!離せ!」
「.........」
ルアは今にも折らんばかりに握りしめていたアリアの腕を乱暴に離すと、床にへたりこんだままのルークスに駆け寄った。
そのまま強くルークスを引き寄せて自らの腕の中に閉じ込めると、喉の奥で低く唸りながらアリアを威嚇した。
ルークスの目が塞がれていなければ、彼にも相手を射殺すようなルアの目が見えていたことだろう。
「...ッ何よ!生意気な!」
アリアは腕を庇いながら苦い顔で吐き捨てると、ルアが開け放したままの扉から逃げるように出ていった。
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