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4話
「ルア…ありがとな。でももういいよ。放っておいていいんだ」
「ルークス」
「父上や母上に楯突いたら…お前が追い出されちゃうよ。だから…」
「無理です」
「ルアッ!」
咎めるような声とともに、ルークスはしっかりとした胸板に預けていた頭を勢いよくあげた。
しかし、目が合ったルアの酷く険しい顔を見てバツが悪そうに目をそらす。
「何故何ひとつ悪くない貴方が罵られ叩かれるんです」
「ルア…」
「そもそも理由があろうとなかろうと、貴方に害をなすものを俺は許すことができません」
「…それを嬉しいと思ってしまう僕は本当に醜いな」
「ルークスは美しい。そして強い人です」
ルアはそう言うとルークスを抱えあげた。
幾分か軽くなったようなその感触に眉をひそめつつ、ベッドまで歩みを進めると主を優しくそこにおろした。
「あんな仕打ちを黙って受け入れるなんて…ルークスらしくない。それがとても心配になります」
されるがままに身体を横たえたルークスの頬にそっと指を滑らせる。
それを柔く絡めとったルークスは苦く笑った。
「そうだな。ルアの言う通りかも。…僕も少し参ってしまってるのかもな」
「ルークス」
「でもやっぱり僕のためだとしても母上達に楯突いて欲しくない。…ルアと離れ離れになんてなりたくない」
「…ちゃんと、上手くやります。心配しないで」
「本当か?」
「はい。俺もずっとルークスといたいから」
「ふふ…信じるぞ。…兄上もきっと、すぐ、見つかる…」
「…はい。おやすみなさい、ルークス」
ルアは愛おしげに白い瞼にくちづけを落とした。
しかしルークスの期待とは裏腹に、兄ルベリオが見つかることはなかった。
どんなに捜索範囲を広げようと人員を増やそうと似た人間すら見つからない。
クロードとアリアは部屋の周囲にすら近寄らなくなった。
ルークスが部屋から出てくることを酷く恐れて警備員まで雇った。出入りする人間は必ず所持品をその警備員に見せなければいけない徹底ぶりだ。
そして窓は板を打ち付けて塞がれ、窓の外を通りかかる魔物たちに外の様子を訪ねることも雑談に興じることも出来なくなってしまった。
そんな環境で人が狂うのに、そう時間はかからない。
「…一ツ目、今日は何月何日だ?」
『んあ~~4月の8日、だぁ』
「そっか。もうすぐ学園の入学式なのかな。…僕も…何年生になるんだろう」
陽の光の入らない部屋で毎日毎日、日付を尋ねる。
寝て、起きて、時が進んでいることに安堵する。ああ、僕だけ置き去りになんてされてない。
僕は、
僕だけ、
今日も、
きょうも、
いつまで、
やがて日付を尋ねることすらなくなった。
「るあ…ルア。ルアはどこ?ルア、ルア」
暗闇で目を覚まし、幼子のようにルークスは泣く。自分に残されたただひとりを探して泣く。
するとどこから聞きつけたのか、ルアがやってきて、愛おしげにルークスを抱きしめる。
ひきつけを起こして小さく丸まった身体をすっぽりと抱え込んで耳元で囁くのだ。
「ここに。貴方のルアはずっと傍に」
「ルア、ルア」
「はい。ルークス」
長く伸びた黒髪を優しく指に通しながら、ルアはうたうように話し出す。
「ルークス、ここを出ましょう?俺の故郷に行きましょう。暮らせる準備は整っているんです。とても良いところですよ、ルークスもきっと…」
「やだ!!」
「…ルークス?」
ルアの話を遮って、癇癪を起こしたようにルークスは泣き叫ぶ。ルアの背中に爪をたて、その肩口に噛み付く。
「どこにいくんだ!?ぼくをおいていくのか!ルア、ルア、やだ!やだ!」
「ルークス、ちが」
「やだぁ!!いっしょにいて!!
ぼくと…いっしょに……ルア、ルア、ルアルアルア…」
「あぁ…ルークス」
ルアは真白な額に口付けた。そして顔をずらすと、ルークスの首筋に強く強く歯を立てる。血が出るほど歯を食い込ませてから、ゆっくりと顔を離した。
驚きのせいか、痛みのせいか、ルークスの涙は止まったようで不安げに揺れる瞳でルアを見つめている。
「るあ、おこった?き、きらいになった?」
「嫌いになんてなるわけないでしょう。愛してます、ルークス…。
ずっとずっと2人でいましょう」
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