黒のウエディングドレス

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夫はせっかく実家に帰るのだから、二、三日ゆっくりしてくればいいと私を送りだしてくれた。 馬車で途中まで来た時、実家へ持って行く手土産を忘れてしまった事に気が付いた。 夫が私の両親の為に用意してくれた葡萄酒だ。 男爵領で唯一将来性があると思われる葡萄酒は国王陛下への献上品になるほど出来が良かった。 困ったわ…… 新しく買い求める事もできない。 私は馬車の御者に頼んで、もう一度屋敷に戻るように言った。 実家にいられる時間は減ってしまうかもしれないけれど、せっかく夫が用意してくれたものだ。忘れて持って行かない事などあってはならない。 屋敷に戻ってきた私は、急いで自分の部屋へと向かった。 夫婦の寝室の前を通ると中から声が聞こえた。 彼は今日は領地の視察へ行っているはず。 おかしいと思いドアをノックしようと扉の前に立つと、中からなまめかしい声が聞こえてきた。 それは間違いなく男女の営みの声だった。 音を立てないようにそっとドアを開けて中の様子を覗いた。 夫であるはずがない。 夫婦で使っている寝室のベッドの上に激しく腰を振る男女の姿。 気持ちが悪い。 間違えなくエドワードだ。 彼は必死で動いているせいか、こちらに気付かない。 カーテンも閉めないまま事に及んでいる姿は、まるで動物の交尾のようだった。 私は吐き気を催した。 気持ちが悪い。 震える手で、そっとドアを閉めて自分の部屋へ戻った。 夫が浮気をしている。 その事実に頭の中が真っ白になる。 自分の部屋の奥にあるクローゼットルームに入る。 黒いウエディングドレスが掛かっている壁に耳を当てた。 隣は夫婦の寝室だ。 「オリビア様は、やっと出て行って下さいましたね。三日は戻られないのでしょう?やっとエドワード様を独り占めできますわ」 「ああマリア。あんなつまらない平民を相手にするより、よほど君の方が魅力的だよ」 また女の喘ぎ声が聞こえた。 そして犬がはぁはぁと舌を出して唸っているような荒い息。 虫唾が走る。 信じられないという思いは、彼の次の言葉で打ち消された。 「マリアの子供が生まれたら、貴族の血が継がれる。早く僕の子を産んでくれよ」 「お腹の子に影響が出ないように、いつもより優しくして下さいね……あ、はぁ、あ……」 子供?生まれる?お腹の子…… その場に座り込み、私は彼らが全て事を終えるまで、その場から動けなかった。 マリアはこの屋敷で雇っているメイドだ。 週に二日ほどしか来ないが、どこかの貴族の出だったと本人は言っていた。 父親が三男で戦死してしまったために今は母親と共に平民になってしまったという。 母子だけの生活で苦労しているようだったので、私も彼女には親切に接していたつもりだった。 まさか、彼女が夫と不倫していただなんて。 屋敷に戻って来たことに気付かれないよう、私はワインを持ち静かに屋敷を出た。 馬車に乗り込んで御者に待たせたことを詫びた。 忘れ物をしたと知られたら怒られそうだったので、こっそり屋敷に戻った。 誰も私が夫の情事を見たなど思っていないだろう。 そもそも使用人は数人しかいない。今の時間、誰も屋敷にはいなかった。 御者に行き先が変わったことを告げる。 実家には戻らない。 私は、彼を許さない。
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