黒のウエディングドレス

7/7
前へ
/7ページ
次へ
男爵は爵位を取り上げられる。 「なんでそうなるんだ!」 「優しい言い方だろう?返上だ」 ミゲル様が鼻で笑った。 男爵の屋敷に、王都から派遣された憲兵たちと辺境伯が来ていた。 隣には黒いベールを被った黒いドレスの女が立っている。 「王命だ。君たちはちゃんと王宮に税を納めていないだろう。二年も滞納している。今年で三年目だな?もうどこからも金は出てこないぞ」 「うちは……くそっ!殺してもいないのに、妻殺しの容疑をかけられ妻の金を全部返金させられたんだ!納税なんてできるわけがないだろう!」 エドワードが詰め寄るような勢いで言葉を出す。 「嫁の金は、もともと自分の金じゃないだろう?」 「彼女は死んでいないわ!死体が出ていないのよ?失踪よ、逃げ出したのよ!失踪届けも出しているし、今年で三年目だから離婚も成立したわ」 「ブドウ園はミゲル様が買い取ったじゃないか、それで十分だろう。もう男爵家の領地なんてほとんど残っていない」 汚れた服を着た男爵が床に膝をついた。 継母は、髪も洗っていなまるでホームレスのような臭いがする。 「辺境伯様!私たちは、以前辺境伯様の屋敷で開かれた夜会に招待されていました。ミゲル様の結婚相手になってもおかしくない立場だったんです!酷いわ!」 義妹たちのまるで獣が叫ぶような声。 「君たちは私につきまとってきて、迷惑だったよ。ただ隣接する領地だったから仕方なく招待していただけだ。気分が悪い」 「な、なんですって!」 「下品で、美しくもない。何の魅力もないのにつけあがるな」 ミゲル様の言葉に、義妹たちはブルブルと震えだした。 ベールの女がゆっくり前に出てくる。 そっとベールを上げて男爵たちの前に顔を出した。 その顔を見て、釘付けにされたように男爵たちは動きが止まった。 「ちゃんと離婚できたようで、良かったですわ。この屋敷は私が頂きますわね、家畜でも買おうかしら?その方が、どこぞのおかしな貴族の血よりもましな気がしますから」 彼らは穴のあくほどオリビアの顔を睨みつけている。 「あ、あなた!……生きて!何てことなの」 「いやあああーあーー!!」 崩れ落ちた継母の姿はあわれだった。 「殺されたなんて誰が言ったんです?私はそんな事一言も言ってません。だって生きてますもの」 掴みかかろうとするエドワードを、憲兵たちが強い力で床に押しつけた。 顔を真っ赤にし、憎悪に満ちた目つきの男爵。 オリビアはずっと思っていたことを口に出した。 「黒いドレスはね。結婚式に着る物じゃないの。喪に服す時の色で、縁起が悪い色なのよ」 まるで子供に諭すかのように、最後に彼らにそう告げた。 ◇ 男爵家の爵位は返上させられた。自主的な返上ではなく、強制である。 エドワードは無爵となり家族とは縁を切り、今は農奴として働いている。 男爵たちは、この領地にはいられなくなり、漁港の町で小さな小屋に娘たちと共に移り住んだ。 魚の選別作業をしていると風の噂で耳にした。 魚が嫌いだった義妹たちは何を食べているんだろう。 ◇ 「爵位は複数持てるからな、辺境伯である私が男爵位も賜る事となった」 「そうですか。たくさん爵位をお持ちになられたんですね。おめでとうございます」 ミゲル様には感謝している。 彼は情や正義や、道徳などでは動かない。ビジネスライクな考えの辺境伯だった。 だから、私の計画が成功したのだ。 「爵位なんぞ、何の意味もない。それに縋って生きてきたから、彼らは何もかも失った。最後まで爵位だけは手放さなかったのは、ある意味往生際が悪いというのだろうか、逆に凄いなと感心した」 褒めているのだろうか? 可笑しくもなんともないわ。 オリビアはミゲル様に冷たい視線を向けた。 三年間、彼と共に辺境の地にいた。なんだかもう他人のような気がしない。 主従関係というより、同士のような間柄になっている。 彼の領地経営を手伝い、彼が辺境で戦いに出ている時は、彼の屋敷を守った。執務をこなし、領民たちの世話もした。 そうして尽くした対価を、男爵家を陥れる計画に加担するという形で支払ってもらった。 「自ら汗を流し労働で糧を得ることを拒んだ結果です。誰かを利用して自分たちだけ利益を得ようとした事が間違いだったのです」 「君は命を懸けていたもんな」 確かに、殺したという濡れ衣を着せる為に、自分が死んでも構わないという覚悟があった。 「命は粗末にしてはいけませんわ」 私はそんな事思ってもみませんでしたとミゲル様に笑顔で答えた。 「君は……腹黒い」 彼はニヤリと笑った。 ーーーーーーーー完ーーーーーーーーー
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加