赤い木の実は危険な香り

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赤い木の実は危険な香り

「最近はこう、面白いことも何もなくてつまんない」 「そうか?」 安っぽい木目が貼られた作業用デスクにお行儀悪く足を乗せ、棒付きキャンディを咥えたままロクジョウは雑誌を眺める。 「ヒロはキャンディいるか?」 「今はいらないかな」 ロクジョウはうっかり二本も貰ってしまったキャンディを、隣に座る同室者のヒロに勧める けれどすぐに断られて余りの一本は机に放置された。 ロクジョウの読んでいる雑誌に載っているのは何でもない日頃のニュース、ゴシップ。 特に大きな見出しで書かれているのは、大企業を自ら創設した金持ちのヴァンパイアのインタビュー記事だ。 「そんなもん読んで面白いんすか?」 「いや、別に面白くないけどさ」 話し相手になってくれているヒロの顔を見もしないでロクジョウは適当に返事をした。 この監獄には他に娯楽はない。 この空間に他にあるもといえば、看守が揃えてくれたつまらない教育の本くらいのもの。 「あ、このイケメン。最近雑誌で見る顔だ」 おもむろに雑誌を覗き込んだヒロは雑誌に載っている写真を指す。 「一緒に見るか?」 ロクジョウは同室者が見やすいように雑誌を差し出した。 雑誌に載る写真の男は自信満々に微笑んでいる。 少し見ただけでも優雅な暮らしをしていることが分かる笑顔だ。 記事の大見出しは、人間とヴァンパイアは共存できる。 その内容は主に人工の血液に関するもの。 人工血液を摂取すれば人間を襲わなくて済む。人間たちに献血の負担を強いなくて済む。 雑誌の中はそんな美辞麗句、夢物語ばかり。 けれど現実はそうはいかない。 「人工血液か……」 ロクジョウは生まれてこのかた、人工血液を直接目にしたことがない。 それはここにいるほとんどがそうだろう。 人工血液は日常的に買うにはあまりにも値段が高すぎる。 その驚きの価格、一本が高級ステーキと同じ値段。 それを毎食分買うとなると、いったいどれだけの年収が必要になるか想像もつかない。 そしてその馬鹿みたいに高い金を払えないヴァンパイアたちは、そこそこの値段で腹を満たせる献血に縋っている。 献血で得られた血液は人間の手術なんかにも必要なのだから、今は深刻な社会問題になっているそうだ。 それでもなお、ヴァンパイアたちの献血への需要はなくならない。 なくならないものだから、実際今年の春に血液は値上げをされてしまった。 おそらく今後も値上がりし続けるのだろう。 現実はつくづく甘くない。 「あーあ、私らもせっかくヴァンパイアに生まれたんだから一度はこんな風に派手に暮らしたいよね」 「ハッ、何言ってんだか」 今日生きられる食料を与えられるだけでどれだけ幸福か。 ロクジョウは痛いほど知っている。 人工血液も、献血の血液も買えない。 そんなヴァンパイアたちが最後にどうするのか。 それは、誰でもわかること。 ヴァンパイア専門のこの監獄に暮らすものは大概はそんな理由で捕まった者たちである。 「今生きていられるだけでありがたい。それ以上なんか、求められるもんか」 そしてロクジョウも同じ。 生きるために人を襲って、けれど返り討ちにされ一滴の血を得ることもなく牢屋に放り込まれた。 (……これでよかったんだ) ロクジョウは捕まったことに不満はない。牢獄の生活も退屈だがそれでも満足していた。 「おい、お前ら食事の時間だ」 そうやってのんびりしている二人のもとに、看守の呼びかけが聞こえてくる。 その声の主は、監獄の長であるニコラである。 ニコラはそこらを歩き回り、周囲のヴァンパイアたちに声をかけて回っているようだ。 「お前らも、食堂へ行けよ」 ニコラは二人の肩を叩く。 そんなニコラにヒロはあろうことかさっきまでロクジョウが読んでいた雑誌を見せ、馴れ馴れしく話しかけた。 「ねぇ、看守長も。こんな豪華な暮らし一度はしてみたいですよねぇ」 「こら、ヒロ。なにやってんだ」 「まぁ、そうだな」 ニコラは困ったように笑っている。 「すみません看守長。後で言っておきますそんで」 ロクジョウはニコラに軽く頭を下げた。 それでもヒロはあまり反省をしなかったのか、看守長に話しかけ続ける。 「そうだお詫びといってはなんですが。飴あげますよ」 ヒロは飴を差し出す。 「それ、ドリンクバーで貰える無料のやつだろ。いいよ、俺は」 「え~、そうですか」 そっけなく断ってニコラはどこかへ去ってゆく。 「看守長に何をしているんだお前」 「まぁ、許してもらえるって。あれくらい」 ロクジョウはヒロに小言を言いながらも、食堂へと共に歩いてゆく。
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