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リーシャの傍らに控え、彼女の次の言葉を待つ執事。
黒い髪は短く切り揃えられ、薄暗い室内でも光を反射してサラサラとこぼれている。
うつむき加減でもわかる、すっと通った鼻梁と綺麗な首筋。背は長身のリーシャでも見上げる程に高い。
黒い短髪とがっしりとした体躯は、執事というよりは護衛騎士の方が似合いそうな姿である。
年の頃は二十を少し過ぎたくらいだろうか。
今年十八を迎えたリーシャより上には見えるが、その落ち着いた物腰のわりにはまだ年若い青年だ。
けれど不思議なことに、そうして個々のパーツがととのっていることは分かるのに、彼の外見は何処か漠然としていて記憶に残らない。
目を凝らせば凝らす程正体が見えなくなるその感覚は、まるで夢の中で書を読もうとしている時のようだった。
ただひとつ確実に言えることは、いくら過去を浚っても彼に関する記憶は何もないということだけ。
それは些か、不自然過ぎる程に。
「ねぇ」
声を掛けると、男はゆっくりとこちらを向く。そしてその瞳があらわになった途端、リーシャは思わず息を呑んだ。
今まで目にしたことのない、灰緑の瞳。
ふたつの色が混じり合うような不思議な色調の瞳は、見ていて吸い込まれそうな程に深くて底が見えなかった。
夜明けの空のような、黄昏時の影のような揺らめきでリーシャをその奥へと誘い込んでいく。
印象に残らない彼の姿の中で、その双眸だけはやけに鮮明にリーシャの記憶に刻み込まれる。
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