2 記憶にない彼

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 リーシャの傍らに控え、彼女の次の言葉を待つ執事。  黒い髪は短く切り揃えられ、薄暗い室内でも光を反射してサラサラとこぼれている。  うつむき加減でもわかる、すっと通った鼻梁と綺麗な首筋。背は長身のリーシャでも見上げる程に高い。  黒い短髪とがっしりとした体躯は、執事というよりは護衛騎士の方が似合いそうな姿である。  年の頃は二十を少し過ぎたくらいだろうか。  今年十八を迎えたリーシャより上には見えるが、その落ち着いた物腰のわりにはまだ年若い青年だ。  けれど不思議なことに、そうして個々のパーツがととのっていることは分かるのに、彼の外見は何処か漠然としていて記憶に残らない。  目を凝らせば凝らす程正体が見えなくなるその感覚は、まるで夢の中で書を読もうとしている時のようだった。  ただひとつ確実に言えることは、いくら過去を(さら)っても彼に関する記憶は何もないということだけ。  それは些か、不自然過ぎる程に。 「ねぇ」  声を掛けると、男はゆっくりとこちらを向く。そしてその瞳があらわになった途端、リーシャは思わず息を呑んだ。  今まで目にしたことのない、灰緑の瞳。  ふたつの色が混じり合うような不思議な色調の瞳は、見ていて吸い込まれそうな程に深くて底が見えなかった。  夜明けの空のような、黄昏時(たそがれどき)の影のような揺らめきでリーシャをその奥へと誘い込んでいく。  印象に残らない彼の姿の中で、その双眸(そうぼう)だけはやけに鮮明にリーシャの記憶に刻み込まれる。
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