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「貴方のその目……すごく、綺麗ね」
思わず言葉がこぼれ出した。その賛辞に、男は驚いたように顔を上げる。
彼の表情に一瞬だけ歓喜と辛さのない混ぜになったやるせない感情が浮かび、そしてたちまちのうちに消えていった。
あまりに刹那の感情に、リーシャはその意味を読み解くことができない。
「貴方、名前は何というの」
「ツルギ、と申します」
突然名を問われたにも関わらず、答える声は落ち着いている。
「……そう。変わった名前ね」
「ロマの出身ですので。お嬢様に拾っていただき、この屋敷に置いていただけるようになりましたが」
「ロマの……」
ロマとは、定住せずに各地を渡り歩く民族のことだ。
音楽や踊り、占術などに秀でた者が多く、その実力は王城や貴族の館にも招かれる程に高い。そこで評価されて貴族の家に取り立てられるという話すら、珍しいものではなかった。
実際、婚約者であるハロルドの母親もかつてはロマの踊り子だった。
そこまで考えたリーシャは、ハロルドのことへと思考が誘導されて小さく息をついた。とにかく今は、落ち着いて考える時間が欲しい。
「今日はもう休むことにするわ」
「お薬、お持ちしましょうか」
「いえ、いいわ。疲れが出ただけだと思うから。貴方も下がってちょうだい」
「承知しました」
やがて足音が遠ざかっていく。
離れていく気配を耳で追いながら、リーシャはつい眉を顰めた。
――今去って行ったばかりの彼の顔が、上手く思い出せなかったのだ。
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