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 話をさせてくれないか――そんなふうに書いたメッセージを送るのはこれで五度目だった。小一時間ほどで来た返信は、今回も『時間をください』の一言だ。彰浩はため息を零して、スマホをテーブルに戻した。  週末にあんな別れ方をしてから三日、光屋は彰浩と距離を置いていた。残業していても光屋が現れることはなかったし、電話が来ることもない。メッセージも光屋から送られることはなくて、彰浩が毎日謝りの文面を送るばかりだ。返信は決まって、時間をください、の一言だ。ここまでくると、そういう自動返信なのでは、と疑って気分は滅入るばかりだ。 「うわ、辛気臭いぞ、この部屋」  残業なんかしても空しくなるだけだから、彰浩は早めに帰宅していた。けれど何かする気力もなくて、シャワーを浴びて着替えてからはずっとソファに座ったきりだった。その空気を感じたのだろう、後から帰ってきた真崎が眉をしかめながらリビングに入ってくる。 「うるさいな」 「なんかあったのか?」  真崎は着替えもせずに彰浩の隣に腰かける。彰浩の細かな変化を見逃さず、こうして声をかけてくれるところに惹かれて勘違いして好きになった。けれど、これは彰浩が特別なわけではないと気づいて以来、こんなふうに優しくされることが嫌だったが、今はなんだかほっとする。  真崎なら分かってくれる――それが今はありがたい。 「何かあったっていうか、何もないっていうか……」 「彼のこと?」 「……片付けあるだろ、手伝う」  彰浩は話題を変えるように言うと立ち上がった。真崎が短くため息を吐いて、それから優しく笑む。 「手伝いながらでいいから、話してみな」  結局彰浩は真崎の部屋で段ボール箱に荷物を詰めながら、この間の帰り道の話をすることになった。  それから急に距離を置かれてしまったこと、メッセージもほぼ無視に近いような返信しかもらえなくて、何を考えているのか分からないことを愚痴まじりに真崎に話すと、真崎は、そっか、と頷いてしばらく考え、それはお前が悪いかも、とこちらを見やった。 「俺が、悪いって?」  その言葉はなんだか納得がいかない。怪訝な顔で真崎を見やると、真崎は穏やかな表情のまま、だって、と口を開いた。 「お前、光屋くんはノンケだからだめだって、前に言ってただろ? そんな人と付き合ってるんだからちゃんと覚悟して、ホントに好き合ってるんだと思う。そんな人に、家に来ないか、なんて言われたら期待するだろ。なのに行ってみたら俺がいたなんて、そりゃ怒るよ」  俺ならすぐ帰るね、と真崎に言われ彰浩は、そういうことか、と長いため息をついた。  あれだけ自分を欲しがっていたんだ、そう考えて当然だ。やっと覚悟を決めてくれたと思っていたのに、そこには真崎がいて、そんな雰囲気ではなかった。それは怒って当然かもしれない。真崎がいることを説明していなかったし、確かに自分が悪い。 「そう、だよな……」  それに勘のいい光屋は、真崎が彰浩の好きだった人だということも見抜いていた。そんな人と一緒に住んでいるなんて、光屋にはショックだっただろう。それを考えると胸の奥がぎゅっと潰れるように痛んだ。その表情を見たのか、真崎が彰浩の頭をぽん、とひとつ小突く。 「ちゃんと、俺とのことは話してるんだろ? だったら心配ない。お前がちゃんと自分の気持ちを話せばいいだけだ」  真崎とのこと――そう考えてから彰浩は、あ、と叫んだ。 「俺、ちゃんと言ってないかも……!」  ふられたことまでは話してないかもしれない。そう思うといてもたってもいられなくて、彰浩はスマホを手にした。電話を掛けると、数コールで光屋が出る。よかった、まだ電話に出てくれる――そう思って彰浩は、あのさ、と声にした。けれど、すぐに光屋の声に消される。 『北さん、しばらく時間ください。お願いです』 「でも、話を……」 『真崎さんの引越し、週末ですよね? おれも行くのでそれまで時間ください。お願いします』  電話の向こうで深く頭を下げられているような気になり、彰浩は、うん、と小さく答えた。 「分かった」 『すみません。失礼します』  重い空気をまとったまま、電話は静かに通話を終えた。暗くなったスマホの画面を見つめ、彰浩が息を吐く。 「……北さんって、言った……」  心も頭もぐちゃぐちゃになって、彰浩は倒れこむようにソファに座り込んだ。拒絶されたわけではない。けれども光屋は自分への信頼を少しずつ零しているように見えた。まとわりつく犬のような光屋が、彰浩さん、と笑う――そんな姿を思い出し、彰浩の胸は無数の棘を吸い込んだように痛む。 「俺……光屋くんのこと、ちゃんと好きなんだ……」  こんなにも。苦しくなるほどに好きになっていたんだ。  今更気付いて、彰浩は長いため息を吐いた。
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