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 どれだけの時間が経ったか、彰浩にはわからない。ただ、数え切れないほどの杯を重ねたことはわかる。それだけ頭がぼんやりとしているし、足元もおぼつかない。そもそも隣に居る男が誰なのかも曖昧だ。 「アキ、歩けるか? タクシーでウチまで行こうか?」 「へーき。ただ、ちょっと地面がふわふわなだけで……っと、」  つまづいて転びかけた彰浩を男が支える。顔を上げてよく見ると国元だった。そこで彰浩は国元と飲んでいて、さっき店から連れ出されたことを思い出した。 「アキ、無理だって。車止めるからウチにおいで。こんなの連れてホテルとか、俺が悪者みたいだし」 「国元さん、いつもでしょー? 酔わせて持って帰るの、特技ですもんねー」  国元の腕の中で彰浩はへらへらと笑った。見上げた国元の顔が不機嫌に歪んだ。 「それを言ったらアキだって、酔って持って帰ってもらうのが特技だろ?」  国元は彰浩の顔を見つめると、そのまま顔を近づけた。鼻先が重なったところで、彰浩が顔を逸らす。 「アキ?」 「ごめ……吐きそう……」 「人の顔見て吐きそうって酷いな。まあ、かなり飲んでたしな。車捕まえてくるからそこに居な」  ガードレールに彰浩を座らせた国元は、少し先の交差点へと歩いていった。彰浩はその後姿をぼんやりと見ながらため息を落とす。  こんなに酔っているのにキスが嫌だった。こんなことは初めてで、どうしたらいいのかわからなくなる。 「――気持ち悪い……」  こんな自分も、これから国元とするだろう事も、全部が気持ち悪かった。誰か助けて欲しい、そう願って顔を上げると驚いた表情と視線がぶつかった。 「北さん……?」 「光屋くん……」  その顔を見た途端、ほっとして、次にドキドキと心臓がざわめいた。このままじゃ光屋に自分の性癖がばれる。そうしたら光屋は離れていく。都合いいじゃないか、と思うのに、言葉は取り繕うようにしか出てこなかった。 「ちょっと飲みすぎたみたいでさ。今日仕事は?」 「休みですけど……大丈夫ですか? おれの家すぐなんで休んでいきます?」  魅惑的な言葉だった。国元と行かなくて済むなら光屋と距離を取るのはまた今度でいいとさえ思ってしまう。頷こうとした、その時だった。 「アキ、車つかまった……君は?」  戻ってきた国元が光屋を見やる。光屋は頭を下げてから、光屋と言います、と丁寧に挨拶をする。 「アキの知り合いかな? 悪いんだけどアキ、今こんなだから連れて帰るね。話ならまた今度にしてやってよ」  国元は光屋に微笑むと彰浩を抱きかかえるように立ち上がらせた。その様子に光屋が、え、と驚いた顔をする。 「ま、待ってください。お宅はここから遠いんですか?」 「どうしてそんなこと聞くの?」  国元が彰浩の腰にきつく腕を廻す。彰浩はそれを解こうとするが、結局それは出来なくて、ただ地面を見つめ唇を噛んだ。 「おれの家、ここからすぐなんです。北さん、具合悪そうですし、すぐに休めた方がいいんじゃないかと思って」  光屋が心配そうな顔をしてこちらを見やると、国元は頷いてから、近いよ、と答えた。それが嘘だというのは彰浩はよく知っている。たしか自宅は電車なら三十分はかかる、郊外にあるはずだ。 「……国元さん、俺ちょっとヤバイかも」 「アキ? 何が?」  突然口を開いた彰浩に、国元が視線を向ける。 「今タクシー乗ったら吐く。ごめん……俺置いて帰っていいですよ」 「置いていけるかよ。……ここまできて」  本音の出た国元に彰浩は微笑んで、ごめん、ともう一度謝る。 「ちょっと今は何もできなさそうだから、また今度……絶対埋め合わせするから」  彰浩が微笑むと、国元は大仰にため息を吐いてから、わかった、と腕を放した。 「その男とも何もするなよ、アキ」 「うん、わかってる。今何も出来ないってば」  彰浩が答えると国元はさっき止めたのであろうタクシーに乗り込んでいった。それを見送ってから光屋が彰浩を見やる。 「大丈夫ですか? ホントに」 「うん……ダメそう」  ふらりと体を傾げると、慌てて光屋が彰浩を抱きとめる。しっかりとした体躯が彰浩を包み込んだ。それだけで彰浩の胸に安心感が広がっていく。 「歩けます? おぶりますか?」 「いや、平気……ちょっとだけこうしてて」  彰浩は言うと、肺いっぱいに光屋のにおいを吸い込んだ。不思議と酔いが醒めていき、今まであった具合の悪さも少しずつ引いていく。 「動けるようになったら言ってください」  光屋は優しく言うと、そっと腕を彰浩の背中に廻し、宥めるようにゆっくりと擦った。その心地よさを彰浩はしばらく目を閉じて味わう。その頃には体はもうすっかり動けるようになっていたけれど、彰浩はしばらくそのまま動くことはなかった。
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