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 全部終わったんだ――そう思うと自然と涙が溢れる。ベッドの中で二度三度と寝返りを打ちながらアラームの音を待っていた彰浩は、それが鳴った瞬間に起き上がった。 「……結局眠れなかった……」  あのあとチェックアウトして、帰路に着いたのは午前になっていた。帰巣本能に頼ってたどり着いた我が家でシャワーを浴びてそのままベッドに潜り込んだ。けれど、光屋のあの涙を思い出すたびに胸が痛み、睡魔は一向に訪れなかった。  あれでいい。嫌われるために光屋に手を出したのだ。あれでよかった、自分が望んだ結果ではないか――そう思う一方で、あんな方法でなくてもよかったのではないか、傷つけるつもりなんかなかった。そんなことを繰り返し考えて、気づけば朝だ。  こんなに辛い思いをするなんて、自分はどうやらそれだけ光屋に心を寄せていたらしい……一晩経って思い知ったことは、もう叶うことのない恋心だった。  彰浩は頬に流れてきた涙を袖口で拭ってからベッドを出た。  一日なんとか仕事をこなして、彰浩は早々に会社を出た。もう遅くまで残業なんか出来ない。光屋に会ってしまうより、家に帰って真崎に会う方が、今は何倍も気持ちが楽だ。真崎を避けていたのが嘘みたいに、今は家に帰りたいと思う。すぐに帰ろう、そう思った時だった。 「アキ」  その聞き覚えのある声に足を止めた彰浩は、小さくため息を吐いた。どうやらこのまま家に帰るのはかなわなくなってしまったようだ。会社前の街路樹にもたれて立っていたのは国元だった。  どうしてこんなところにいるのかは分からない。けれどこのまま素通りすることも難しいだろう。彰浩は諦めて国元に近づいた。 「国元、さん……どうして、ここに? こんな時間に会うの初めてだね」  彰浩はそんなことを言いながら国元に笑顔を向けた。本当はとても動揺しているのだが、そんな態度を悟られたら国元は面白がるだろう。それは嫌だったし、誰が見ているか分からない会社の前では昼間の顔で居たい。 「マスターに勤め先を聞いたんだ。忘れ物を届けてやりたいから勤務先教えてって……あとは調べて」 「忘れ物?」  そんなものあったかと彰浩が首を傾げると国元は彰浩に体を寄せた。 「俺に付き合う約束、忘れてないかと思って」  耳元で囁かれ、彰浩は体を離し、その顔を怪訝に見やった。  酔った自分は光屋と居たいがために、そんな約束をしたかもしれない。けれど、その約束を守るつもりなどなかった。彰浩が苦く笑って国元を見やる。 「それは……また今度……」  店で会った時でも、と彰浩が言葉を濁すと国元は笑顔で、そう言うと思ったよ、と口を開いた。 「――今回ばかりは本気なんだよ、俺。ようやくアキが振り向いてくれたんだから、悪いけど逃すつもりないよ」 「お、俺にそんな価値ないですよ。だから……」  次々に会社から出てくる社員たちの目を気にし、彰浩が辺りに視線を向ける。国元はそれに気づいて、場所を移そうか、と歩き出した。 「今日、時間ある? アキ」 「ない……って言ってもなんとかするつもりなんですよね?」  横に並んだ彰浩が諦観したように聞くと国元が微笑んだ。 「アキは察しがいいから好きだよ。ま、他のところも十分気に入ってるけどね」  それにどう答えたら良いのかわからず、彰浩は黙って隣を歩く。  きっと光屋に出会う前の自分なら、たくさん酔って前後不覚になれば一度くらい寝れるだろう、なんて諦めていただろう。けれど今は、どうしても触れられたくないと思ってしまう。光屋に抱かれたあの熱は、まだ彰浩の中に燻っている。 「行こうか。とりあえず食事かな」  国元は嬉しそうに言って彰浩を見やった。彰浩はそれにただ苦く笑って頷いた。
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