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光屋の言葉に、以前彰浩が光屋と会っている時に掛かってきた電話を無視したことを思い出した。確かにもったいないと言って出なかったのだ。
光屋からの着信を実際に取ったのは国元だが、彰浩もこの電話を取ろうと思っていたことには変わりない。
「そう、だね……そうかもしれない」
『その人よりもおれと話す時間を優先してくれたってことですよね?』
国元よりも光屋を優先した、そう聞いているのだとすぐに分かった。彰浩は小さく、そうだよ、と答えた。電話の向こうから小さく息を吐く音が聞こえる。
『あの、北さん、今どこにいるんですか? できれば会いたいんですが』
「どこって……会社の近くのホテル街の方だから、今日は……」
会えない、と答えようとすると、光屋の声がすぐに届く。
『それは、おれの助けは要りませんか?』
光屋の言葉に心臓が跳ねた。きっと、先日酔っぱらって光屋に介抱してもらった時のことを思い出して言っているのだろう。光屋だって子どもじゃない。あの時、国元が彰浩をどうしようとしていたのかくらい、察しはついていたはずだ。
きっとあの時と同じなのではないか、と聞いているのだろう。彰浩は隣で不機嫌な顔をしている国元をちらりと一瞥してから口を開いた。
「要る、かも、しれない……」
『……分かりました。このまま通話切らないで、大きな通りに出てください』
すぐ行きます、と言われ、彰浩は繋がったままの電話をポケットにしまい込んだ。
どうして光屋は、あんなことをした自分に、こんなにも自然に話すことができるのか。心配なんかして、行きます、なんて言えてしまうのか。
きっと光屋は誰に対しても素直で優しいのだろう。自分が特別なんかではない。それでも、やっぱり期待はしてしまう。
まだ、自分と光屋の関係には続きがあるのかもしれないと思ってしまう。
「アキ、行こうか」
電話を終えたタイミングで国元が彰浩の腰を抱き寄せる。彰浩は反射的にそれを拒んで身を引いた。
「すみません、国元さん……俺、無理です……」
こんな気持ちで国元と寝るなんて出来ない。もっと酔ってぐちゃぐちゃになって意識なんかあるのかないのかわからないほどにならなければ国元に触らせることも嫌だった。体が、光屋の熱を思い出し国元を拒絶しているのがわかる。光屋が来てくれる、会える――そう思うだけで、彰浩の胸は喜びに鼓動を速めているのだ。このままこの人の言いなりになんてなれるわけがない。
「アキ、何言ってるかわかってる?」
「わかってます! でも、無理なんです」
すみません、と頭を下げて彰浩は走り出した。背後から国元が追ってくる。そりゃそうだろう、国元の立場に立ったら二度もお預けを食らっているのだ、逃したくはないだろう。けれど止まる気はなかった。光屋の声が残響みたいに思い出される。優しい声だった。自分がしたことをひとつも咎めず心配してくれた光屋を思い出したら、国元が怖くなり、ただ彰浩は走った。
彰浩は道を選ぶこともせず走って光屋に言われた通り、大きな通りまで出てきた。人に紛れれば国元も見失ってくれるかも、と思ったが甘かったらしい。すぐに国元に腕を取られてしまった。
「随分、なめた真似してくれるな、アキ」
上がった息を整えながら国元が言う。その目は今まで見たこともないほど鋭い。
「けど、俺……」
ごくりと唾を飲み込んで強く掴まれた手首を見やる。しっかりと握られていて少し肌が白くなっている。時間が経つと次第に痛みが出てきた。それだけ強く握られているのだろう。
「わかるだろ? アキはバカじゃない」
国元が眇めた目のまま口の端を引き上げた、その時だった。
「すみません、その人の手、離してもらえませんか?」
息を切らせてそう言った声の主を見上げて、彰浩は息を飲んだ。
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