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「……み、つや……くん?」 「すみません、北さん。ちょっと見つけるの遅くなりました」  彰浩の空いた手を引き寄せ、そのまま傾いだ体を抱き寄せられる。驚いている間に息を整えた国元が光屋に対峙する。 「なんなんだ、君は。この間から邪魔ばかり」 「なんでもいいじゃないですか」  光屋が腕に力を入れ、彰浩を抱きしめる。ほんのり汗のにおいがする光屋は、警備の制服のままだった。きっと、会社から走ってきてくれたのだろう。  そう思うと、心臓が高鳴った。期待している自分に動揺する。 「じゃあ言い方を変えよう。君はアキとどういう関係?」  大きく呼吸をしてから少し落ち着いた国元が光屋を見つめる。問われて、光屋の喉元が上下した。光屋には自分との関係なんて答えられないだろう。一度体は繋いだけれど恋人ではないし、一緒に食事はしてたけど友達でもない、でも知り合いと言うには濃い時間を過ごした、曖昧な関係だ。  彰浩は言葉の出ない光屋を見上げてから国元に視線を合わせて口を開いた。 「俺と光屋くんは……」 「好きなんです。おれは北さんが好きです。だから、こんなのは許せない。おれだけ見てて欲しい」  彰浩がただの友達かそれ以下――そう言おうと思った。けれどその言葉は光屋の言葉に遮られ、かき消された――自分の頭からも。 「好きな人を守りたい、それは当然でしょう?」 「……アキはどうなの? そんな彼に守られたいとか、思うわけ?」  もし光屋の言葉が本当なら、嬉しい。もしかしたら優しい光屋は大きな嘘を吐いているのかもしれない。無理やり事に及んで身勝手に抱かせた自分を、光屋が好きになるはずなんかない。  それでも今、許されるのなら素直な気持ちを言いたい。 「……すみません。守られたい、です」  彰浩は国元に向かって頭を下げた。大きくて深いため息が聞こえ、彰浩が顔を上げる。 「確かに俺とアキは遊びかもしれないけど、遊びでもルールはあるだろ。お前には二度と声はかけない」  そっちもそうしてくれ、と冷めた表情で国元がきびすを返し、歩いて行った。その背中を見送りながら、彰浩が大きく息を吐く。  大分嫌われたようだが、これでもう国元が自分を誘うことはないだろう。馴染みの店にも行きにくくなってしまったが、それは自分勝手なことをした代償だと思えばいい。 「光屋くん、ここまで来てくれてありがとう。もう大丈夫だから……」  彰浩は光屋に微笑むと、歩き出した。  好きだなんて言葉に溺れちゃダメだ。これは自分を助けるための言葉で、本心じゃない。今頃、背中の向こうの光屋はほっとした顔をしているに決まっている。演技だと分かってくれて安心しました――そんなメッセージが入ってきて、ありがとうとかなんとか返してそれで光屋との関わりはなくなるのだろう。  せめて自分も今のタイミングで好きだと告げれば良かったかもしれない。  そう思った途端、後ろから強い力に引き寄せられた。呼吸が一瞬、止まる。 「答えもせず逃げるのは卑怯です、彰浩さん」  後ろから抱きすくめられて、彰浩の体が固まる。耳元に、光屋の吐息がかかり、どうしようもなく切ない気分になる。 「答えるって……あれは……」 「おれの気持ち、聞かなかったことにするんですか? 仕事サボった挙句こんな往来の真ん中で告白したのに」 「光屋くん……」  心臓がドキドキと鳴る。多分、背中から光屋に伝わっているだろう。それだけで答えているようなものだ。 「北さんが……彰浩さんが好きです。誰かの代わりでもいい。おれを、隣に置いてください」  耳朶に唇を寄せ、光屋が切なく囁く。赤く染まっていく耳や首筋に光屋の唇が戯れるように触れていった。 「誰かの代わりって……」 「片想いしてるって言ってましたよね。その人の代わりでいいから……お願いです。もう他の誰かに遊びなんかで付いて行かないで」  光屋がぐっと彰浩の体を抱き寄せる。彰浩はその腕にそっと手のひらを乗せた。 「――傍に、いてくれるのか?」 「居たいんです」 「じゃあ居ろよ。飽きるくらい……飽きても傍にいろ」  彰浩が言うと、光屋はその肩に顔を埋めて、はい、と頷いた。
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