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「そういうわけだから、来週引っ越すな、俺」  コンビニ弁当を突きながら、片手にスマホを握っていた彰浩は、そんな言葉で顔を上げた。とある平日の夜、真崎が向かい側でテレビに視線をやりながらそう告げる。 「来週?」  光屋からの『おやすみなさい。愛してます』という、どう返信していいのか悩む文面をとりあえず画面から消し、彰浩は真崎を見やった。  来週とはあまりに唐突だからだ。 「うん。いい物件が見つかって。家賃の関係もあるから来週のうちに引っ越そうと思って」 「ああ……そっか。手伝うよ」  寂しいとは思った。けれど、以前感じたような痛みが胸に起こることはなく、彰浩は光屋に助けられているんだなと感じる。気持ちは多分、もう光屋のところにあるのだろう。こうやって真崎と穏やかな時間を過ごせているのもその証拠だ。彰浩はテーブルに置かれたままのスマホを見つめ、ちゃんと返事をしなきゃな、と軽く唇を噛んだ。  どうしても自分から今の気持ちを伝えることが怖かった。 「手伝いはまあある程度お願いするとして……なあ、北」  ぼんやりと光屋のことを考えていると、真崎が表情を変えてこちらに向き合う。彰浩がその空気の変化に気づいて首を傾げた。 「なんだよ、急に真面目な顔して」 「お前、今付き合ってるヤツいるだろ?」  真崎の言葉に彰浩は声にならないほど驚いた。光屋と付き合い始めたのは、ほんの何週間か前だし、外泊なんかはしていないから今までと生活サイクルもほとんど変わっていない。それなのに恋人が出来たことを真崎に見抜かれ、彰浩は驚いて持っていた箸を落とした。 「あ、図星だな。それでな、ソイツとこの部屋シェアできないのか? 俺も最初のひと月分くらい家賃置いていくつもりだけど、それ以降は新しい部屋のこともあるから無理だと思うし」 「え、いや……そんな急に言われても……」  多分、光屋なら三日もあれば荷物を抱えてやってくるだろう。ただそれは彰浩の方が準備不足だ。まだ、好きだといってくれる相手に、どう接したらベストなのかわかってもいないのに事実上同棲だなんて出来るはずがない。 「じゃあとりあえず俺に会わせろよ。親友の俺が一緒に住めるようなヤツか見てやるよ」  真崎が優しく笑む。きっと、真崎はそんなことを言って、光屋にここに住むように言うつもりなのだろう。おそらく彰浩が渋るのは相手のことを思ってだと勘違いしている。 「いや、でも多分……ひくよ? 男の恋人なんて」 「ひくかよ。少なくともお前が連れてきたのなら、ひかない」  真崎はまっすぐに彰浩を見据え、笑った。真崎にそんなふうに言われ、嬉しくないわけがない。否定されないというのがどんなに幸せか、彰浩にだってわかる。 「……わかった。近いうちに会わせるよ」  彰浩が言うと、楽しみだなと真崎が笑った。 『うちに来てみないか』というメッセージを光屋に送ると、その日のうちに返信が来た。そこからは数回のやり取りであれと言う間に光屋が週末には家に来ることになっていた。 「初めまして、北の友人の真崎です」  玄関先で真崎が挨拶をすると、一瞬驚いた表情を見せた光屋だったが、すぐにいつもの柔和な笑みを浮かべ、それに応じた。二人の間で不安だった彰浩も、その様子にほっとする。 「じゃあ、俺お茶入れるよ」 「あ、俺がやるよ。北は、光屋くんと居て」  真崎が笑んで、足早にキッチンへと向かう。その後姿に小さくため息をついてから光屋を見上げると、その顔が複雑に歪んでいるのが見えた。けれどそれも一瞬のことで、彰浩に視線を合わせる頃には笑顔に変わっていた。
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