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「一緒に住んでるんですね」
「え、あ、言ってなかったか。高校の同級生で親友だし、気心知れてるっていうか……自然とシェアする話になって、な」
とりあえず座れよ、と彰浩が光屋を促す。二人掛けのソファに光屋を座らせると、彰浩は近くのスツールに腰かける。
「光屋くんは警備会社にいるんだって? 残業中の北とよく会ったって聞いてるよ」
お茶を淹れた真崎がリビングに戻ってくる。光屋はそれに、はい、と頷いた。テーブルにカップを三つ置いた真崎がダイニングチェアを移動させて彰浩の隣へと落ち着いた。それをちらりと見た光屋が一瞬唇を引き締めてから、それでも言葉を繋げる。
「初めは挨拶くらいだったんですけど、そのうち話すことが増えて……個人的に会うようになりました」
「北、仕事しすぎだったから、君が色々予定入れて遊びに連れて行ってくれて助かってるよ。これからも頼むね」
「そうですね。確かに北さんはいつも仕事してるイメージです」
「いや、俺だって適度に休んでるし」
「そう思ってるのは、お前だけだよ、北」
真崎が彰浩の頭を小突く。親友のいつもの仕草。以前はこれだけでドキドキしていたけれど、今は何も感じない。ちゃんと、彰浩の気持ちが光屋に向かっているのだと、この時強く感じた。
真崎と光屋は雰囲気が似ているからか、真崎が遠慮せず話をするからか、話題は尽きず、色々な話をして、時間はあっという間に過ぎていた。
「光屋くんは、北にとってめちゃくちゃいい存在じゃないか」
真面目だし楽しいし、と真崎がこちらを見やる。彰浩は、そうだな、と頷いた。もったいないくらいだ、とは思うけれど、どうやら真崎の眼鏡には適う人物なようだ。
「そんな光屋くんに提案なんだけど、ここに北と一緒に住む気ない?」
頃合を見計らったのだろう、真崎が光屋を見やった。どうやら親友の眼鏡に光屋は充分かなったようだ。けれどその突然の言葉に光屋は驚いて首を傾げた。確かに光屋にとっては唐突だし、まさか真崎がそれを言うとは思ってなくて、彰浩も驚いた。
「ここにって……真崎さんは?」
「俺はもうすぐここを出るんだ。だから、部屋が空くし、どうかなと思って」
真崎の言葉に光屋は当然困惑している。彰浩はそれを見て、横から口を挟んだ。
「突然言われてもって話だよな。別に聞かなかったことにしてもいいから」
彰浩が慌てて言うと、光屋は彰浩を見つめて口を開いた。
「彰浩さんは、どう思います?」
光屋の問いにすぐに思いついたのは「来てくれれば嬉しい」という感情だった。でも思いが通じた相手と一緒に暮らす毎日なんて、自分に送れるのだろうか。毎日緊張して寿命すら縮むのではないかなんて大真面目に考える。
「光屋くんの好きにしたらいいよ」
彰浩が答えると、隣で真崎がくすくすと笑った。
「光屋くん、今の、一緒に住みたいって意味だよ」
その言葉に光屋が首を傾げる。彰浩は慌てて、違うから、と言うが既に遅い。
「北は昔からこうなんだよ。いざっていう時、なかなか自分の意見を出さないんだ」
そうだよな、と真崎が笑う。彰浩はそんな真崎から視線を外してため息をついた。どんなに真崎が離れていっても、親友なのだと改めて思った。いままで積み重ねてきた日々に偽りはない。
「言ってろよ」
彰浩が拗ねたように視線を逸らすと真崎が、図星だ、と笑った。
夕方になり、夕飯を辞退した光屋を駅まで送るため、彰浩は光屋の隣を並んで歩いていた。家から五分ほど過ぎたが、いまだに光屋は一言も話さない。真崎と別れる時はあんなにも機嫌よさそうにしていたのに、二人きりになった途端、ずっと黙ったままだ。
「み、つや、くん? 少し疲れた? 突然知らない人と話すことになって」
その沈黙に耐え切れず彰浩が端正な横顔に話しかける。
「いえ、全然」
しかし光屋が答えたのはそれだけだった。会話にならない。
「じゃあ、どうしてそんな……?」
「聞きますか、それを」
ぴたりと足を止め、光屋が彰浩と対峙する。その威圧感に、彰浩はすぐに光屋が怒っているのだとわかった。けれどその理由まではわからない。
「――ごめん、正直に言って、どうして光屋くんが怒ってるのかわからない」
彰浩は光屋の視線を真摯に受け止め、まっすぐに気持ちを言葉にした。光屋がふと視線を外す。
「……彰浩さんから家に誘われた時、嬉しかったです。やっと、彰浩さんが自分を見てくれたんだと思って。けど、あの人が居た。あの人……真崎さんが彰浩さんの好きな人なんですよね? なんとなくわかりました。そんな人におれを会わせるなんて……やっぱり、ちょっとしんどかったです」
言い終わると光屋はまた駅に向かって歩き出した。彰浩がそれを追おうと一歩踏み出す。
「いいです! ここまでで、いいです」
光屋の背中がそう声を張る。初めて怒りの感情をぶつけられて、彰浩の足はそれ以上動かなかった。
そうじゃない。真崎は本当に親友なんだ、俺が好きなのは光屋くんなんだよ――そんな言葉も言わせてはもらえず、彰浩はただ絶望にも似た気持ちで凛とした背中が遠ざかるのを見つめていた。
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