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 警備員は名乗ると胸に付けた写真入りのネームプレートを懐中電灯で照らした。明かりの中で見ると余計にいい男に見え、彰浩は適当に頷いて引き出しを開けた。 「北だよ。北彰浩」  彰浩はそっと名刺を差し出した。光屋が慌てて彰浩に近づきそれを受け取る。 「あ、わざわざすみません……おれ、まだ名刺なくって」 「いいよ。下の名前は? 光屋くん」 「翔太郎(しょうたろう)です」 「じゃあ呼ぶなら翔か、いい名前」 「……初めて、そんなふうに呼ばれました。みんな翔ちゃんって呼んで、なんだか子どもみたいで好きじゃないんです」 「翔ちゃん。それもいいね」  彰浩が声にすると、光屋の表情が曇る。好きじゃない、と言ったそばから呼んでしまったからだろう。 「……ああ、ごめん。呼んでほしいのかと思ったよ」 「……いえ、そんなことで顔に出すから子どもっぽいって言われるんですよね……」  すみません、と頭を下げる光屋が可愛かった。彰浩はその姿に笑いながら首を振る。 「しょうちゃんって可愛いだろ。女の子が呼びたがらない?」 「いや、そもそも女の子との縁がないですよ」  光屋がかぶりを振りながら言う。その頬が少しだけ紅潮しているのが彰浩の心を突いた。可愛いな、と思い、それでもそれが恋愛感情への布石にならぬよう、彰浩はぐっと気持ちを引き締めた。 「免疫なさそうだしな、光屋くん。でも……」  そこまで言うと彰浩は立ち上がって光屋と対峙した。え、と動揺する光屋を目の前にすると更にいい男なのがわかる。益々自分がこういうタイプに弱いことを実感した。そして、こういうタイプほど純粋で真っ直ぐで遊びで手を出すなんてしちゃいけないのだと痛感する。真崎もこのタイプだ。  だから、近づいちゃいけない。もうこれ以上『いい友達』を持ちたくないのなら、早々に切り捨てるべきだ。 「もてそうな顔してるのにな。体だって女の子が好みそうじゃないか」  制服のベルトの上からでもわかる締まった腰に彰浩が腕を廻す。引き寄せた体は自分よりも一回り大きかった。 「き、北さん……?」  光屋は彰浩の腕から離れようと一歩退く。するとデスクチェアの脚に踵を引っ掛け、よろめいた光屋はデスクに尻餅をついた。そこに彰浩が近づく。 「勿体無いよ、光屋くん」  彰浩はそう言うと、固まったままの光屋に鼻先を近づける。ぎゅっと目を瞑った光屋を見て彰浩はくすくすと笑って離れた。好みだけど、道を外すような関係に引き込むことは出来ない。それが遊びでも、本気でも。 「頑張れよ、新人くん」  彰浩がそう言うと光屋はぱちりと目を開け、慌てて立ち上がって、何も言わずに逃げ出すように走り去っていった。まあ当然の反応だろう。同性に迫られるような仕草をされて冷静でいられるノンケなんていない。これで光屋も自分を避けるだろう。接点がなくなれば、ふつと湧きかけた気持ちもすぐに冷めるはずだ。 「……もう会うこともないだろうな」  タイプだったな、と呟いた彰浩はため息をつきながらデスクチェアに沈み込んだ。
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