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 それからしばらく光屋とあれこれ話しながら飲んだ。二時間ほど経ち、彰浩は自分でも飲みすぎたとわかるほどに酔っていた。向かい側で顔色一つ変えずに同じかそれ以上呑んでいる光屋が心配そうに彰浩を覗き見る。 「北さん、大丈夫ですか?」 「このくらいで酔っ払うかよ」  全然平気、と言う割に彰浩の体はどうもテーブルと仲良くしたいらしく前に傾いでしまう。それでもそれを戻そうと頑張っていると、光屋が向かいで笑い出した。 「そういうの、女性に受けるんですか?」 「は? 何がだよ?」  笑顔のままの光屋を訝しげな目で見上げると、だって、と光屋が答える。 「誰が見ても酔ってるのに、そうやって言い張る北さん、なんだか放っておけない感じがするんです。おれでさえ思うんだから、きっと女性なら一瞬で落ちますよね」 「……じゃあ、放っておくな。なんとかしてみろよ」  ふいにそんな言葉が出て、光屋は当然、彰浩自身もはっとした。酔っているとはいえ、相手はそんなことを言っていい人物ではないことくらい理解できている。いや間違った、とおかしなことを呟きながら、彰浩は目の前のグラスの中身を飲み干した。 「こういうのは多分、女がやることだ。放っておけないと思ったら放っておくなよ、相手が女なら……って、やっぱり俺、酔ってるな。悪い」  彰浩はグラスを置いて光屋に笑いかけた。光屋はかぶりを振って笑う。 「いいえ。なんだか色々教わった気がします。好きな人が出来たら実践してみようかな」 「おう、使え使え。で、上手くいったら報告な」  彰浩がそう言うと光屋は屈託なく、はい、と笑った。  自分でもどうしてあんなことを口走ったのかわからない。相手は真崎でもなければ一夜の相手でもないのだ。あんな誘うような言葉、どうして出てきたのかわからない。泥酔したわけでもないし酔ったにしても相手を選ぶくらいの余裕はいつもある。光屋に対して何か特別な感情が芽生えているのか――例えば寂しい時間に寄りかかりたいと思ってしまうような……そう思うと、それもなんだか拙いな、と思う彰浩だった。 残業を終え、彰浩が家にたどり着くと珍しく真崎が部屋から顔を出した。おかえり、と笑うと、飯は? とキッチンに向かう。 「いや食ってないけど」 「だったら冴子が飯作っていったんだよ。食べないか?」  真崎の言葉に彰浩は固まる。えっと、言いよどむと、何か察したのか真崎の表情が少し曇った。 「そうだよな……お前にとって冴子は……」 「別に冴子ちゃんのことはどうとも思ってないよ。あの子が真崎の嫁さんだと思えば俺も嬉しいし」  冴子は明るく人見知りもしない、少し男勝りな美人だ。真崎と並ぶとよく似合うと初めて紹介された日に思った。この人に敵うわけない、と実感したのを覚えている。そんな冴子は北に対しても友達のように接してくれる。  だからこそ好きな人を奪った憎い人、だなんて思えないのだ。そう思えた方がどれだけ楽だったろう。  彰浩が笑うと真崎は眉を下げて、ありがと、と頷いた。 「――貰おうかな、飯。何作ってくれたんだよ」  羨ましいな料理上手の嫁さん、なんて笑いながら彰浩は真崎の傍に寄る。 「お前だってその気になれば俺なんかよりずっといい嫁さん探せると思うんだけどな」  真崎はコンロの火を点けて鍋を温めながら呟くように言って笑った。
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