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 翌日の午後七時、彰浩は珍しく会社ではなくとあるバーに居た。二ヶ月ほど前は毎晩のように通っては、誰でもいいからと相手を探していた。どれもかりそめの関係で終わってしまったが、彰浩にはやはりこの場所くらいしか出会いの場所は見つからない。 「アキちゃん、今日はみっともなく漁らないでくれよ? 店の質が下がるからな」  グラスをカウンターに差し出したマスターが笑いながら言う。 「なんだよ、みっともなくって。俺はもてるから仕方ないんだよ」  グラスを持ち上げながら彰浩が答えると、そこへ早速男が近づいてきた。 「アキ、久しぶりだな」  彰浩の肩に腕を廻し、抱き寄せるようにしながら隣のスツールに腰掛ける男は、彰浩と同じようにここの常連で、同じように一晩の相手を見つけていく奴だ。ただ、なぜか彰浩とは関係したことがない。 「国元さんは相変わらず毎日通っては男漁ってるの?」 「ひとを無節操みたいに言うなよ。アキが相手してくれないから、その寂しさを埋めようと人肌を求めるんじゃないか」  わかってないな、と国元は彰浩の耳の傍に唇を寄せる。そんな国元を軽く避けながら彰浩は微笑む。 「ところでアキちゃん、今までどうしてたんだ? てっきり特定の相手が出来たのかと思ったけど」  それじゃこんなに早く来るはずないよな、とマスターが笑う。彰浩も、まあね、と笑った。  このところはずっと光屋と遊んでいたから、ここに来る必要性を感じなかった。けれど、自分の気持ちが光屋に向いてしまっているのなら、また他に誰かを探して気持ちを逸らすしかない。  けれどそれを素直に言うわけにはいかないので、彰浩は苦く笑って、そうじゃないんだけど、と口を開いた。 「ちょっと離れてたからね。仕事忙しくて」 「じゃあ久しぶりなんだな」  国元が彰浩の腰に腕を廻して意味深に彰浩の目を見つめる。それを見てマスターは大仰にため息を吐いた。 「国元さん、まだ八時前ですよ。アキちゃん、あっちの席にいる紳士の方がいいよ。常連さんだけど誰かを持って帰るようなとこ見たことないし、飲みに来ただけならおすすめの方」  きっと誠実な人だと思うよ、とマスターが言葉を続ける。それを聞いて国元が不満そうに、おいおい、と口を開く。 「そりゃないでしょ、せっかくアキがその気なのに」 「その気? 俺は今日は飲みに来ただけですよ」 「何言ってんだよ、アキ。相手してやるから、素直になんな」  国元が彰浩の手を握る。彰浩はそれを一瞥してから国元に視線を向けた。 「せっかく来たんだから、もっと飲んでからでもいいじゃないですか。相手してもらうかどうかは酔っ払ってから考えます」  国元の手を外し、彰浩は自分のグラスを傾けた。  正直、手を握られただけでもぞっとした。国元が嫌いなわけではない。ただどうしても受け付けないのだ。好きな人とじゃなきゃヤダ、なんていう乙女思考はひとつも持ち合わせていないはずなのだが、体は如実に拒否反応を示す。誰でもいいからという自分の考え方が奔放すぎるから、体がおのずと規制しようとしているのか。  だとしたらこんな夜はそんなガードが出来なくなるほど酔って意識を飛ばすしかないのだ。でなければ、光屋との穏やかな時間を思い出して欲しがってしまう。  これ以上は近づいちゃいけない。真崎のように困らせてはいけない。光屋のことをちゃんと友達と思えるまで、このまま距離を取るのがいいのだ。 「何か、忘れたいことでもある?」  彰浩の頭の中を覗いたかのような言葉に彰浩が驚いて国元を見やる。その顔が小さく笑った。図星だと見透かされたようだ。 「うん、そう、ですね。忘れたいことならたくさんあります」 「――じゃあ、ゆっくりと忘れさせてあげる。時間はまだあるからね」  グラスを呷る彰浩を見て、国元が微笑む。彰浩はただグラスの中の酒を飲み干した。
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