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 ごめんやっぱ無理だ、と彰浩(あきひろ)は、ホテルのベッドを降りてシャツを羽織った。 「アキくん?」  裸のままベッドに取り残された男がその背中を呆然と見ている。彰浩はそれを横目で見てから、悪い、と呟いた。 「俺から誘ったのにホントにごめん。できない」 「え、いや、できないって……コレどうするんだよ」 「一人で処理して? 次会ったら一杯奢るから」  彰浩はもう一度ごめんと謝ると、着替えを済ませホテルの部屋を出た。ロビーを出ると煙草に火をつけ、ため息を吐くように紫煙を吐く。 「やっぱり無理なのかな」  置いてきた男とは、二週間前に泥酔状態で持ち帰られて関係がスタートした。それから相手に押し切られる形でこうしてここまで付いてきたが、やっぱり無理なようだ。確かに食事をしたりする分には楽しかった。けれど素面で抱き合う体に快楽は訪れず、逆に嫌悪すらした。酔っていればそれなりに抱き合えたのに、ちゃんと抱き合おうとなるといつもこうだ。  こんな節操のないことを、彰浩はもう二ヶ月以上続けていた。これまで彰浩はきちんと誰かと付き合ったことはない。酔って誰かと寝ることも声を掛けてきた誰かと食事をすることもあるのに、一人と向き合って恋愛をしたことはないのだ。次こそはちゃんとした恋愛を……そう思うのに上手くいかない。再びため息を吐きながら、彰浩は家路を歩いた。 「誰でもいいんだけどなあ」  本気になれるなら誰でもいい。好きになってもいい相手なら、喜んで好きになるはずだったのに、そういうわけではなかったらしい。素面になると、ひとりの男の顔が頭を過ぎってしまった。そうしたらもう、触れられることすら嫌になった。  真崎武(まさきたける)――彰浩の高校時代からの親友で、今はルームシェアをする仲だ。テニス部のキャプテンだった真崎は、爽やかで優しくて、その上男でさえ羨んでしまう造りの顔を持っている王子様系男子だった。なのに全く恋愛をせず、高校を出て大学に入っても彰浩と一緒に過ごしていた。彰浩と居た方が楽、と言われ、何度舞い上がったことだろう。 「ただいま……って、もう寝てるか」  深夜一時を過ぎ、真崎と暮らす部屋に帰ってきた彰浩は、消えていたリビングの明かりを点けた。しんと静まり返る部屋の奥には真崎の個室へ続くドアがある。ぴたりとドアに耳をつけると、かすかに寝息が聞こえる。  ――帰ってきてるんだ……  そう思うと、彰浩は安堵の息をついた。ソファに沈み込みながら、ふとテーブルに置かれたパンフレットに視線を向ける。  結婚式場のパンフレットだった。 『今付き合ってる子と結婚することにしたんだ』  女の子の友達すらいなかった真崎だが、就職して一年目の秋、ついに彼女が出来た。真面目で真っすぐで優しい真崎が真剣に付き合ったのだから、当然こうなることは予想していた。分かっていたことだった。  結婚すると言った時の真崎の顔が未だに頭から離れない。好きで好きで、ただそれだけでずっと傍で親友を演じてきた自分の傍から真崎が消える――そう思うと本当に辛かった。  彰浩はパンフレットを手に取り、貼られたメモに目を通した。 『おつかれ。再来月、ここで式挙げるから都合つけて』  真崎らしい簡素な文面を指先でなぞってから彰浩は唇を噛んで、パンフレットを放り投げた。 「都合なんて……つけるに決まってるだろうが」  バカ真崎、と彰浩はソファに横になる。真崎が結婚すると知ったのは二ヶ月前だ。それに合わせて部屋を出るという話をされた時だった。その時は「やっとかよ」なんて笑っていられたのに、時間が経てば経つほど……真崎が自分の傍を離れる日が近くなればなるほど、彰浩の心は苦しくなっていった。親友であることには変わりない。けれど、一番近い存在ではなくなる――それが一番辛い。  恋人になんかなれなくても良かった。だから、彼女が出来たと言われた時、真崎に告白だってした。蔑まれて近寄るなと言われたら、そこで真崎への恋心もきっとなくなるだろうと思って、『俺は真崎を親友以上にみている。抱かれたいって、思ってる』とあえて性的に見ていると伝えた。  彼女と大切に愛を育んでいる真崎にとって、自分の気持ちなんか迷惑にしかならない。この恋は潮時だ。そう思ったから伝えたというのに、真崎は意外にも、知ってたよ、と答えたのだ。 『(きた)が僕を見る目がちょっと違うのは分かってた。でも僕には応えられない。けど、僕を避けるみたいなことはしてほしくないんだ。わがままかもしれない……でも北とは親友でいたいんだ』  そんなふうに言われて、ずるいと思っても彰浩が自分から真崎と距離を置くことなんか出来なかった。   それでも結婚と言われると、真崎をちゃんと祝福できるかなんて自信はなかった。だったら気持ちを他に向けるしかない。だから、もっと自分の全部をさらってくれるような人と、本気で愛し合いたい。でなきゃ、自分の心は真崎で立ち止まり、いずれ真崎の幸せを壊す刃になりかねない。  それが怖かった。  だからこそ真崎を忘れるための恋がしたい。なのに、全く上手くいかなかった。  彰浩はゆっくりと体を起こすとジャケットの内ポケットからボールペンを取り出した。放り出されたパンフレットを拾い上げ、メモに真崎への返事を書いた。 『わかってるよ、バーカ』  あくまでも笑ってるように、陽気に書いた一言と、今の自分があまりにかけ離れていて、彰浩は知らず自嘲の笑みを零した。
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