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それなのに桂木と名乗る男は、余裕の笑みを浮かべながら、事業計画書を鞄から取り出して、
「新しく買い上げた事務所に、他のメンバーも来ているはずです」
「あの…桂木さん…」
「はい?」
褐色肌のポーカーフェイス。
趣味はサーフィンとサウナ風呂。
朝晩のジョギングは欠かさず、朝食はコーンフレークとヨーグルト。
同年代よりも若々しく見られることに快楽を覚え、ナルシストでサディストの52歳独身男。
もし、私に羞恥心や責任感がなければ、今すぐこの場で怒鳴り散らして、仕事の依頼も白紙に戻すであろう。
怒りを伴った罵詈雑言が、口内まで出掛かったお陰で、どうやら私の頬はパンパンに膨れたらしい。
桂木は、
「ハムスターみたいになってますよ」
と言いのけて、その頬を指で押した。
すると、
「てめえゴラァ!何時間も待たせた結果がこれかい!私は待ちぼうけを喰らうような安い存在かい!おう、おう、おうっ!謝罪のひとつもないのかクソッタレ!お役人ってのは何様じゃい!ごめんなさいも言えないのかい!」
辺りに響き渡る私の声に、通行人は立ち止まり、不快な顔をして足早に去って行った。
飛び去る鳩の群れと、水面でバシャバシャと騒ぐ鴨の親子を見つめながら、私はある種のエクスタシーに陥って、その場にへたり込んでしまった。
腰が抜けて立てないのだ。
本音をぶちまけることが、こんなにも快感だとは思っていなかった。
そんな私を、桂木はひょいと持ち上げ、
「さ、行きましょう、お姫様」
と、ウインクして見せた。
「私ったら、恥ずかしい…」
「いえ、僕こそ謝らなくてはならない」
「そうですわ、桂木さんのせいですからね!」
「僕は今、お姫様にどんな言葉を投げかけるべきか…とても苦慮しています」
お姫様抱っこをされたまま、私の身体は路肩に停めてあった軽トラックへと押し込まれた。
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