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――明日、ノイマン家に同行する約束を取り付けたことはよかったけど、すっかり遅くなっちゃったな。
春の花は咲き始めたものの、まだまだ夜は肌寒い。薄暗い宮廷の廊下を進みながら、アルドリックは手をこすり合わせた。向かう先は薬草部だ。
コツコツと足音を響かせ辿り着いたドアを、生真面目にひとつ叩いて入室する。
「失礼します。エリアス・ヴォルフ一級魔術師殿の件なのですが――って、もしかして、きみしか残ってないの?」
がらんとした部屋を見渡し、アルドリックは目をぱちくりと瞬かせた。机と器具が整然と並ぶ室内にいるのは、薄桃色の髪を持つ同期だけだ。
「おお、お疲れ」
机から顔を上げたエミールが、華やかな顔に気安い笑顔を乗せる。
「うちの上長はのっぴきならない用があるとかで定時で帰られてな。その件の報告は、代わりに俺が」
「そうなんだ、ありがとう」
手に持った羽ペンでちょいちょいと招かれ、アルドリックはエミールの隣の椅子に腰を下ろした。
書類仕事を片付けつつ、自分の戻りを待っていたということらしい。覚えた申し訳なさに、アルドリックは眉を下げた。
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