エピソード1:眠り姫の毒

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「ごめんね、遅くなって。でも、のっぴきならない用っていったい……」 「帰る口実だと思うが。おまえも知ってのとおり、うまくさぼる人だからな。それより、どうだったんだ、噂の氷のご麗人は? ああ、同郷なんだったか」 「ええ……、なんなの、その呼び名」 「王都のお嬢様方のあいだで有名な呼び方らしいぞ」  知らないのか、と揶揄う調子でエミールが瞳を細める。 「いつだったか、うちの妹も目を輝かせていたからな」 「ああ、ニナちゃん」  年の離れたエミールの妹のことである。頭に浮かんだ愛らしい笑顔に、アルドリックは苦笑をこぼした。 「そっか。王都の女学院でも噂になってるんだ。なんだかすごいなぁ」  彼女の通う学校は、良家の子女が集う王都随一のお嬢様学校だったはずだ。そんなところでも噂になっているなんて、さすがというか、なんというか。  ――まぁ、氷のご麗人っていうのは、ちょっとあれだけど。  エリアスが知れば、柳眉を顰めそうだ。 「まぁ、最近は『眠り姫の毒』の話題で持ち切りらしいが」 「……やっぱり?」 「女学院の教師陣から、正規でない店で買うなと厳しいご指導が入ったとも言っていたが」  聞かないだろうな、とエミールが肩を軽くすくめる。 「さすがの嗅覚と言うべきか、夢見がちな女子どもが好みそうなネーミングだ。あいかわらず、流しの連中は商売がうまい」 「違法か適法かと言われると、本当に微妙なところなんだけどね」  諦め半分で、アルドリックは相槌を打った。責められるべきは子どもでなく、流しの魔術師であるのだが。  無論、「グレー」というお為ごかしで販売を許している宮廷にも非はあろう。
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