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「ごめんね、遅くなって。でも、のっぴきならない用っていったい……」
「帰る口実だと思うが。おまえも知ってのとおり、うまくさぼる人だからな。それより、どうだったんだ、噂の氷のご麗人は? ああ、同郷なんだったか」
「ええ……、なんなの、その呼び名」
「王都のお嬢様方のあいだで有名な呼び方らしいぞ」
知らないのか、と揶揄う調子でエミールが瞳を細める。
「いつだったか、うちの妹も目を輝かせていたからな」
「ああ、ニナちゃん」
年の離れたエミールの妹のことである。頭に浮かんだ愛らしい笑顔に、アルドリックは苦笑をこぼした。
「そっか。王都の女学院でも噂になってるんだ。なんだかすごいなぁ」
彼女の通う学校は、良家の子女が集う王都随一のお嬢様学校だったはずだ。そんなところでも噂になっているなんて、さすがというか、なんというか。
――まぁ、氷のご麗人っていうのは、ちょっとあれだけど。
エリアスが知れば、柳眉を顰めそうだ。
「まぁ、最近は『眠り姫の毒』の話題で持ち切りらしいが」
「……やっぱり?」
「女学院の教師陣から、正規でない店で買うなと厳しいご指導が入ったとも言っていたが」
聞かないだろうな、とエミールが肩を軽くすくめる。
「さすがの嗅覚と言うべきか、夢見がちな女子どもが好みそうなネーミングだ。あいかわらず、流しの連中は商売がうまい」
「違法か適法かと言われると、本当に微妙なところなんだけどね」
諦め半分で、アルドリックは相槌を打った。責められるべきは子どもでなく、流しの魔術師であるのだが。
無論、「グレー」というお為ごかしで販売を許している宮廷にも非はあろう。
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