エピソード1:眠り姫の毒

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「ちょっと寝不足なだけだよ。ノイマン家に出向くことももちろん仕事なんだけど、もともとの仕事も残っていてね。昨日は帰りが遅かったんだ」 「そうか」  エリアスはあっさりと相槌を打った。 「なら、さっさとこちらの仕事は終わらせるとするか」 「ちょっと」  額面どおりの気遣いと受け取ると、とんでもない事態を引き起こしかねない。アルドリックはぎょっとして釘を刺した。 「昨日も話が早いとかなんとか言っていたけど、頼むから尋問みたいな真似はしないでくれるかな」 「なぜだ」 「正論が正しいとは限らないからだよ」 「正しいから正論というのだろう」 「いや、それは、まぁ、そうなんだけど。そうじゃなくて」  本当に、きみはあいかわらずだなぁ、と言い放ちたい衝動を堪え、諭す調子で続ける。自分が口を出すことでなかったとしても、言わずにおれなかったのだ。 「正しいことが傷つけることもあるからだよ」 「……」 「きみの言いたいことはわかるし、間違ってるとも思わない。でも、相手も人である以上、伝え方というものがあるんだ。だから、そこは僕に任せてくれないか」  黙りこくったエリアスに、アルドリックは意識して声音を和らげた。 「まぁ、もともと、それが僕の役割ではあるんだけどね。きみの仕事は、お嬢様の解毒薬をつくること。僕の仕事は、きみが専念できるようにサポートすること」 「そうだな」  素直な返事に、ほっとして前を向く。ノイマン家のお屋敷は、もうすぐそこだ。  幼い印象の色濃かったエミリア嬢の寝顔と、蒼白だったミアの横顔。覚えたやるせなさに、アルドリックはそっと手を握り込んだ。
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